第28話 帰りのバスくらい寝かせろ!
ドタバタの朝食を乗り越えて迎えた林間学習2日目。昨日までの楽しさはどこに行ったのか。今、俺たちは登山している。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
いつまで続くんだよこの感じ。楽しかったのは最初だけ。30分も経った頃に楽しさは皆無。まるで全クリしたゲームをプレイしてるような螺旋階段を延々登ってるような気分だ。目に映る景色はほとんど変わらないからゴールに近づいてんだか遠かってんだかよくわかんねえ。
山の空気を吸ったら気分が晴れるとか、ストレス発散にいいとかよく聞くけどさ。体力に自信のない俺にとっては、拷問に近い。どこが、ストレス発散だ。身体に悪そうな気しかしない。ああ、足が重い。へとへとになりながら歩いてる俺の姿を見て思うところがあったのか小宮さんが話しかけてきた。
「太一くん……大丈夫?」
「なあ小宮さん……もしも俺が途中で死んだら骨くらいは拾ってくれ」
「うん! お家に連れてってあげるから安心して」
「助かるよ」
彼女のおかげで風葬にはならなさそうだ。しかしなんでまあ、なんでみんな登山を楽しんでるわけ? こんな険しい道をわざわざ歩いて登る必要なんてないだろ。ロープウェイを使った方が絶対有意義だ。とは思いながらも足を動かさなければゴールに辿り着くことはない。文句があってもただひたすらゴールを目指して進むしかないのだ。
○
「お疲れ様ー! いやー、いい汗かいたよねー」
いい汗どころじゃない。今すぐ風呂に入りたい気分だ。
「ん? 君は食べないのか?」
「ちょっと、休憩くらいさせてくれ」
「それはすまなかったな」
息を切らしながら登り終わった途端に昼食かよ。食欲湧かないっての。なんでいつも以上にもりもり食えるんだよあんたら。
「なんでって、ねぇ? 動いたらお腹空くでしょ?」
「そうですね。体を動かした分、いつもより美味しく感じます」
「あの程度の登山で息が上がるようではまだまだ俺には及ばないようだな」
及ぶつもりなんてねえよ。そもそも勝てないのがわかってる勝負に挑むバカがどこにいるってんだ。彼女たちに聞いた俺が間違ってました。
まあいい。疲れた喉を潤そうと思ったが、ノアさんが水を注いでくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがと」
「いいえ。気にしないでください」
気が利くなー。ちょうど飲みたいと思ってたんだよ。ひょっとして俺の心が読めてたりして。んなことないか。バカバカしい。
「……太一くんとノアちゃん。なんだか昨日から急に仲良くなったよね? 一気に距離が縮まった気がする。さては、何かあった?」
(ぐ……)
「そ、そんなことないだろ。今までと変わってないと思うけど。ねえ?」
「……は、はい」
「んー? そうかなー? あたしの目を誤魔化そうったって無駄だからねー?」
ニヤニヤしながら俺たちを見つめる小宮さん。頼むからその辺にしといてくれ。あまり大事にされたくない。
「あ、もしかしてあのことがきっかけかな?」
あのこと?
「みんなから聞いたよ? あたしがパンを取りに行ってる間、ノアちゃんが太一くんのおでこに──」
今朝のことについて語ろうとした小宮さんの口をガバッと素早い動作でノアさんの手が押さえた。この速さ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「んーーーー!」
これ以上彼女に言わせるわけにはいかないと判断したんだろう。あんなこと人前でするから別に話されても何も問題ないと思ったけど、違うみたいだな。
「お嬢。昨日、なにかあったのですか?」
あ、そゆことね。こいつにバレたら俺の首が吹っ飛ぶってことか。
「い、いいえ? 何もしてないわ。ね?」
ね? じゃねえけど、ここは素直に同意しといた方がいい。一言も発せない屍になりたくないからな。
「みんなー、迎えのバスが来たわよー。準備できた人から乗ってねー!」
○
帰りのバスでは快適な睡眠にふけることができる。乗る直前の俺はそう思っていた。けどな、怖いくらいに実際は違ったんだ。
「ねえねえ、みんなでトランプでもしない?」
こんな疲れてる時に勘弁してくれ。いや、勘弁してください。
「だってせっかくのバス内だよ? 楽しまなきゃ損でしょ!」
そりゃそうかもしれないけどさ。他の連中も寝たいと思ってるはずだぜ? 午前中に登山なんかした日ならなおさらだ。ノアさんたちも断るに決まって──
「いいですね、やりましょう」
「お嬢がやるなら私も参加しましょう。もちろん、やるからには手加減できませんが」
なんであんたらも乗り気なんだよ。俺は寝るからな。ひと足先に夢の世界へさようなら。
「太一くん? あのことをルイスくんに話しちゃうけどいいのかなー?」
参加します。むしろ、参加させていただきますとも。一緒にトランプできて光栄でございます。
これまで素敵だと思っていた小宮さんの笑顔がなんだか不気味に思えてきたのは気のせいでもなんでもない。
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