第13話 乗り物酔い

以前、北海道に行った時、行きの飛行機で席に着こうとすると、先に誰か座っている。

私は自分のチケットを確認し、シートの番号も確認した。


その窓側の席は私の席だ。

でも誰かが座っている。

私のお父さんくらいの世代の男性だ。


私はその人に、

「そこ、私の席なんですけど」と言ってみた。

するとその人は申し訳なさそうに、

「あの、自分は乗り物酔いがひどいので、窓際の席と交換していただけませんか?」


だしぬけの提案だ。

それもやっかいな案件だ。


私は迷った。窓側の席が良かったから予約したのだ。でも乗り物酔いがひどいと、私のお父さんくらいの歳の人に申し訳なさそうに言われては、無下には断れない。


「わかりました、交換します」

「ありがとうございます」


私は三つある席の真ん中に座った。


すると、その人はスマホでガンガン窓から見える空港の写真を取り出した。


その窓の景色を背景に、自撮りもした。ピースサインまでして。


浮かれている。


そしてやにわに前のテーブルを倒すと、膝の上に置いていた袋から、空弁を取り出して食べ始めた。鼻歌交じりで。


浮かれている。


そして同じ袋に入っていたカバーの掛かった文庫本を、食べながら読み始めた。


私はちらっと、読んでるその本を見た。

天才バカボンだった。


完全に浮かれている。


あの、乗り物酔いがひどいという言葉はなんだったのだ!


でもこうなってしまったら、もう取り返しはつかない。


その後もその人は、スマホで雲の上の景色を撮ったり、遥か真下に見えてきた北海道の大地の写真を撮ったりしながら、


乗り物酔いの症状はまったく出さずに、飛行機は新千歳空港に着陸したのだった。






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