第10話 バリ島の観光地

仕事が遅れて、お昼を過ぎた時間に会社の食堂でご飯を食べていると、

いつも厨房にいる一ノ瀬さんが、暇になったのか私の席の前に座って、

小鉢に盛られた煮物を置いてくれた。


「昨日、競馬で勝ったからサービスサービス。大盤振る舞いだよ」


私のお爺さんくらいの年齢と察する一ノ瀬さんだが、大の競馬好きだと知られている。うちの同僚とも時々、競馬の話をしている。


「ありがとうございます」私は遠慮なく煮物をいただいた。

「京王杯ってレースがあって、それで『オオバンブルマイ』って馬が勝って、その馬を買ってたから儲かったんだ」


「そんな面白い名前の馬がいるんですか」

「変な名前の馬はいっぱいいたよ。『ネコパンチ』とか、『オレハマッテルゼ』とか『カアチャンコワイ』とか」


「かわいいのとか、笑えるのとか、色々ですね」


「あとは地方競馬に『キンタマーニ』って馬がいたな」


『キンタマーニ』


下ネタではないことは、わかってる。

バリ島の観光地の名前だ。

キンタマーニ高原やキンタマーニ湖などがある。


でも一ノ瀬さんがわりと大きな声で、それを言うと、食事をしてる他の社員たちの耳に入ってしまう。


「『キンタマーニ』って、あんまり強くなかったな。ゴール前で『キンタマーニ!』行けっ! そこだ!『キンタマーニ!』って叫んだけど、勝てなかったよ」


『キンタマーニ』の連呼はやめて欲しいと思う。


他の社員たちが私たちのテーブルをチラチラ見てる気がする。


取り返しのつかないことになってしまいました。


「で、『キンタマーニ』は……」

「あっ、煮物ごちそうさまです。ありがとうございました!」


私は食べ終えた定食のトレイを持って、使用済みの食器置き場に急いだのだった。



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