王立魔導院 第七話 スカウト
「つまり、ケイトは魔導士の候補生を集めていたってことね。
でも、どうして孤児院に?」
ユニは出されたお茶を飲みながら、ケイトに訊ねた。
そこは面談室か何かなのだろう、机と椅子だけがある小さな部屋だった。
エイナは経験を積んだシスターに任され、ショックを和らげてもらうと同時に、女性として知っておくべき対処の方法を教わっているはずである。
ケイトは小さな溜め息をついた。
「召喚士と違って、魔導士は強制的に集めることができないんです。
でも、召喚士と同じように、できるだけ若いうちから修業を始める必要があります」
「それで一昨年、王立魔道院に魔法科ができたのよね?」
「ええ。召喚士は六歳からですが、魔導士課程では十二歳から教育を開始するということになりました。
一応、国中にお触れは出したのですが、思ったほどの人数が集まらなかった上に、その応募者の中で魔導士適性が認められた子どもは、ごくわずかでした」
「だけど、魔導士を志望したということは、魔道具が反応した子なんでしょう?」
ユニが口にした〝魔道具〟とは、本来召喚士の才能を判別するための器具である。
召喚士を国の護り手として重視するリスト王国では、全国民に対して出生後一年以内に召喚士適性の検査を受けることを義務付けている。
もし適性ありと判定されれば、六歳を迎えた年に親元から引き離され、王立魔道院に入学して十二年にわたる専門教育を受けることになるのだ。
数年前、レテイシア女王の後押しで参謀本部を掌握したマリウス・ジーンは、強大な北のイゾルデル帝国の脅威に対抗するため、王国においても魔導士の育成を図ることを宣言した。
そのために、召喚士養成機関である王立魔導院に、魔導士の養成課程を創設したのだ。
召喚士の資質を判定する魔道具は、王国の政治に深く関わってきた神獣・黒蛇ウエマクが創ったものだが、ウエマクはこれを魔力に対しても反応するように改造を施してくれた。
そして、十歳になった子どもたちに対して魔力検査が実施されることになったのだが、まだ完全実施には程遠い状態だった。
魔道具には特殊な古代言語による呪文が彫り込まれているが、改造に当たってはその文言を変更しなければならなかった。
これには特殊な技術が必要で、民間の鍛冶職人には手の追えないものだった。
そのため、神獣ウエマクのいる四古都の一つ、北の黒城市において、専門の鍛冶師が変更作業を担うことになったが、月に数百個程度しか対応できなかった。
王国全土に配布されていた魔道具は十万個以上、一年かかっても改造の進捗は遅々として進まなかったのである。
「魔道具は、あくまで潜在魔力を量るものでしかないのです」
ケイトは閉じた目の間を指で揉みながら、小さく頭を振った。
「魔力があることと、その子が魔導士に適しているかは別なんです。
魔導士になるためには優れた頭脳――記憶力、理解力、計算力……そして何より強い意志の力が必要となります。
マリウス様のお話では、帝国では魔力量の検査など行わず、まずは学業が優秀な子どもが魔導士を目指すそうです。
それに、両親の問題があります」
「親って……血統まで関係あるの?」
「そういうことではありません。
召喚士の場合、国が強制的に親から子どもを引き剥がすでしょう?
さっきも言ったとおり、魔導士の場合はそれができません。召喚士よりもはるかに対象者が多くなりますから、国の財政負担が莫大になりますし、強行すれば暴動が起きかねません。
あくまで本人の強い希望と、保護者である両親の承諾が必要なんです」
ケイトが言うように、希少な召喚士候補生は魔道院入学が強制されるが、その見返りも大きい。
両親に対しては莫大な支度金が支給される上、その家族が属する地域社会に対しても、税制上の優遇措置が用意されている。
そのため、両親がいくら抵抗しても周囲から無理やり説得されることになる。
この国で生きていく以上は、逆らえない仕組みが出来上がっていたのだ。
ユニはここに至って、やっとケイトが孤児院に現れた理由を理解した。
なるほど、孤児院の子どもなら、面倒な両親の承諾など必要がないというわけだ。
孤児の就職
* *
翌日、ユニとエイナが滞在しているアスカ邸に、ケイトが訪ねてきた。アスカとゴードンが一緒で、軍務として彼女を自宅まで案内してきたようだった。
ケイトが蒼龍帝に談判して、第四軍の協力を取り付けたのだろう。参謀本部は、それだけの権限をケイトに与えていたのだ。
ケイトはエイナと二人きりで話したいと言ってきたが、エイナは自分がいるフェイの部屋で会うのを嫌がった。
いかにも娘らしい、可愛らしい内装や調度の部屋は、エイナの夢の部屋だった。そこで〝大人の話〟をするのは、何となく部屋を
そこで、ユニの部屋を使わせてもらうことにした。ユニは気軽に部屋を明け渡し、階下に降りていった。
「……もう、落ち着いた?」
ケイトが優しく訊ねると、少女は頬を赤くしてうなずいた。
「えと……そういうのがあるってことは、村の女の子から話だけは聞いていました。
でも、ちょっとびっくりして……えとえと、ごめんなさい!」
「謝るのはこっちの方だわ。
昨日エイナにやったのは、魔力量、それと魔導士の素質があるかどうかの確認だったの。
調子に乗ってあなた自身の魔力を集めさせたのは、やり過ぎだったわ。
女性の場合、魔力は子宮に集まりやすいの。もともとそういう時期だったのに、魔力貯蔵が刺激となって、急に始まっちゃったのね。
エイナには恥ずかしい思いをさせてしまったわ。ごめんなさいね、許してちょうだい」
「いえ、それはもういいんです。
でも、魔力とか魔導士の適性って……何のことですか?
私、どこか変なんでしょうか?」
エイナは少し食い気味に訊いてきた。昨日から一人で考え込み、ずっと知りたがっていたのだろう。
「エイナは魔法や魔道士のことを知っている?」
「あまりよくは知りません。でも、北の帝国には、悪い魔法使いがたくさんいるという話を聞いたことがあります」
「あら、別に魔導士は悪者とは限らないのよ!」
ケイトは少し悪戯っぽく笑うと、エイナの目の前に掌を差し出した。
上を向いて広げられた手には、何ものっていない。
エイナは『きれいな指だなぁ』と、少し羨ましく思った。自分の手は、農作業や家の手伝いで酷使され、がさがさだったのだ。
「手の上の方を見ていてね」
ケイトはそう言うと、ぶつぶつと小声で何かをつぶやいた。
どこか外国語のような、不思議な響きの言葉で、エイナにはその意味がさっぱり分からなかった。
ただケイトの柔らかく低い声を聴いているだけで、昨日から下腹のあたりに溜まっていた、冷たい石のような不快な感覚がすっと軽くなった気がした。
ふいにケイトの掌の上に明かりが灯った。
どこから出現したのか、丸い球体が空中にふわりと浮かんでいる。
よく見ると、球体の内側では赤、白、黄色の炎がぐるぐると絡み合いながら対流している。お姫様が身を飾る宝玉は、きっとこんなふうに美しく輝いているのだろう。
炎の球からは、気のせいではない熱が感じられた。
ケイトが白く長い指を、ほんの少し上にあげると、炎の球はすっと部屋の天井辺りまで上昇し、きゅっと縮んだかと思うと〝ぱんっ〟と音を立てて飛び散った。
まるで花が咲いたように、四方八方に色とりどりの火花が撒き散らされ、妖精のように踊りながら消えていった。
「これが魔法よ」
ケイトは目を丸くしているケイトに向かって、微笑んでみせた。
「魔法はね、ある程度の魔力さえ持っていれば、呪文を唱えることで誰でも使うことができるの。
でも、それを今やったように自分の思うとおりに操るには、たくさんのお勉強をしなければいけないわ。
エイナには十分な魔力がありそうだし、計算が得意よね? それって魔導士になるためには、とっても重要な要素なの。
端的に言うわ。
エイナ、私と一緒に王都に行きましょう。そして、王立魔導院に入って、魔導士になるための勉強をしてほしいの」
エイナは言葉に詰まった。
「そんな、急に言われても……」
「あなたは何になりたいの?」
ケイトは畳みかけてきた。
「え?」
「私は南カシルという街の孤児院で育ったわ。
本を読むのが好きで好きで大好きで、一度読んだ本の内容は、一字一句忘れないほどに好きだった。学校の成績もよかったのよ。
でも、十五歳になって孤児院を出なければならなくなっても、どこにも就職先が見つからなかったわ。
陰気で人見知りだったから、孤児院のシスターたちが頭を下げて世話をしてくれた職場も、数か月も持たずに
男の人と違って、女が一人で生きていくのは難しいの。
どんなに優秀な子でも、店の売り子やお針子、下働きのメイドにでもなれれば〝
ましてや、孤児院出身の子となれば、いい働き口はますます難しくなるわ」
ケイトはエイナの手を両手で握ると、その目をじっと覗き込んだ。
「あなた、行方の分からないお母さんを探したいのよね?」
エイナは震えながら、小さくうなずいた。
それは、彼女が七歳の時から胸に抱き続けていた、たった一つの望みだった。
「だったら魔導士になって、軍に入りなさい。
魔道院には国費で通えるから、お金の心配をせずに十分な教育を受けられるわ。
魔導士として軍に入れば、無条件の士官待遇が待っている。女がつけるどんな就職先よりも高給だし、ちゃんと休暇も与えられるのよ。
そして、魔導士になれば男に負けない〝力〟を手に入れられるの。
本気でお母さんを探すつもりなら、これが一番の近道だと思うわ」
エイナの頭の中にかかっていた霧が、いきなり晴れたような気がした。
母を探したい。
あの優しかった母が、何も言わずに姿を消したのは、きっと人に言えない事情があったに違いない。
ひょっとしたら、母はとても辛く困難な状況に陥っているのかもしれない。
母を探し、助けるためには、きっとたくさんのお金が必要になるだろう、ということだけは予想ができた。
人を動かし、言うことを聞いてもらうためには、偉くなる必要もありそうだった。
そして、男に負けないほどの力がなければならない、とも思った。
――だが、そうなるための手立てが、まったく思いつかなかった。
彼女は貧しい辺境に暮らす、小さくやせっぽちの少女に過ぎなかったのだ。
この軍服を着たケイトという美しい女性は、そのための手段をすべて用意してくれると言う。
迷いは消えた。
不安はあったが、目の前に差し出された希望の光を逃すつもりはなかった。
「ケイトさん、私……魔導士になります!
私を王都に連れていってください」
少女は震える手で、ケイトの白い指をしっかりと握り返していた。
* *
ケイトとともに階下に下りてきたエイナは、ユニに自分の決意を打ち明けた。
気さくな女召喚士は、大して驚かずにその申し出を受け容れてくれた。
「分かったわ。エイナの思うとおりの道を進みなさい。
ソドル村の肝煎と孤児院には、私の方から連絡をしておくわ」
エイナの出発は、翌日ということになった。
その日の夕食はとても豪華なものだった。家令のエマさんは、腕を振るってアイスクリームをデザートに出してくれた。
生まれて初めて口にした氷菓に感激したエイナは、二度もお代わりをした後、しばらく放心してしまい、周囲を笑わせた。
ケイトが翌朝の早くに迎えにくると、エイナは親切にしてくれたアスカ家の人々、一人ひとりに心のこもった礼を述べた。
エマさんは、明け方のうちにたくさんのお菓子を焼いていて、エイナに持たせてくれた。
ここまで世話になりっぱなしだったユニとは、涙を流して別れを惜しんだ。
エイナは泣きじゃくっていたが、ユニは平気な顔で笑っていた。
「あなた、魔導院に入るんでしょ?
だったらあたしの後輩だし、近いうちにまた会えるわよ。
さあ、うちのオオカミたちにも挨拶してらっしゃい」
エイナは言われるまでもなく、庭で勢ぞろいしてぱたぱた尻尾を振っていたオオカミたちに飛び込んでいき、顔中をさんざん舐め回されて帰ってきた。
そして迎えの馬車に乗り込むまでぶんぶんと手を振り続け、無理やりの笑顔で別れの言葉を叫び続けていた。
ケイトが乗り込んで、馬車の扉が閉まって出発しても、なおエイナの涙は止まらなかった。
ユニと出会ってから、わずか十日ほどの短い期間だったが、父が亡くなり、母が失踪してからというもの、これほど幸せだった日々は初めてだった。
隣に座っているケイトは、何も言わずに少女を抱き寄せ、ぽんぽんと肩を叩き続けていた。
エイナは涙を拭い、鼻をすすり上げてからケイトに訊ねた。
「私が立派な魔導士になったら、またこの街に来れるでしょうか?」
「もちろんよ」
少女はもう一つの決心をしていた。
必ずユニさんと、アスカ家の人たちに恩返しをしようということだった。
そしてもう一度ケイトに訊ねた。
「あの、ケイトさん。窓を開けてもいいですか?」
「構わないわよ。外が見たいの?」
エイナは顔を真っ赤にした。
「いえ、その……私、馬車に乗るのは初めてなんです」
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