第5話「ふーあーゆー」
(どうして海恋がここに……?)
待ち合わせ場所である、駅の隣の公園、その噴水の前。
誰の目から見ても、海恋はキラキラと輝いているように思えて。
ゆるくウェーブのかかった髪は、日の光を反射しエンジェルハイロゥを浮かび上がらせ。
(あれ……初めてのデートで着てたやつだ)
花柄のロングワンピ、海恋がそれを着るとまるでお姫様の様。
そういえば、あの時もここで待ち合わせしたと覚えている。
(は、話かけるか? いやでも――)
彼女がデートなら、相手は葵の筈だ。
話しかけたとして、途中で葵が来たら気まずい。
それ以上に、躊躇する理由がある。
(本当に、……海恋、なのか?)
少し離れ所から見ているが、どうみても本人である気がする。
だが昨日の今日だ、用心するに越した事はない。
(真衣ちゃんに電話してみるか? いやでもな、やっぱ普通に本物臭いんだよな)
真衣と海恋の大きな違い、それは大いなる母性の大きさだ。
海恋のが顔埋めたら窒息死しそうなソレであるのに対し、真衣のは手ですっぽりと覆えるようなサイズ。
(……間違いない、だが何だ? この違和感は――)
(ふっふっふーー、迷ってるっすね先輩!! 今日の私は一味違いますよ!! そう――何故なら胸を盛りに盛って、あの憧れの巨乳サイズにしているんです!!)
(くッ、顔のラインが髪で隠れるッ、この距離からじゃ判別しにくい!)
(近づけますか秋仁先輩? 私は――いいえ、“わたし”は何時でも平気よアキ君?)
近づいて確認し、それでもし本物ならどうなる、どうする。
秋仁はもう恋人ではないし、彼女のデートと咎める権利だってない。
だが、もしアレが真衣の変装なら。
(――俺は、試されているのか?)
(ねぇアキ君、残念だけど選択肢なんてないの、このまま“わたし”とデートするか、それとも……ふふ、うふふふふふっ、早く声をかけてアキ君!)
(い、行くぞ。声をかけて近寄って、――ああ、覚悟決めろ、本物の海恋なら冗談か借りひとつかビンタ一回で済む!!)
(へぇ、来るんだアキ君、アナタはいったい……どっちの名前を呼ぶの?)
海恋になりきった真衣は、近づく秋仁の方を向く。
視線が交わる、海恋/真衣はふわりと微笑んで。
彼は真剣な顔で右手を動かし、彼女はそれが手を捕まえる動作に見えた。
――だが。
「…………うぇっと、その、……アキ、君?」
「白々しいぜ真衣ちゃん、――幾ら騙そうとしても胸の中身がただのパッドじゃあ誤魔化せないぜ!!」
勝利の味のなんと虚しい事か、秋仁が揉んでいる巨乳は布の柔らかさしかせず。
偽りの、仮初の、持たざる者の見栄と虚勢に満ちた叡智の結晶であった。
「あ、お巡りさんですか? ここに痴漢が――」
「ああああああああああああああ、狡いぞテメェどうかご容赦くださいしろッ!! お慈悲をくれ真衣ちゃん!! 何でも言うことを聞くから!! 有城に言いつけるぞテメェ!!」
「ちょっ、兄貴の名前を出すのは卑怯っすよ先輩!? でも言質取ったですからね!!」
「あ、やべッ、口が滑ってつい」
後悔先に立たず、真衣の弱点である兄・有城の名前をとことん押しだせば良かったのだ。
(だが、これで真衣ちゃんだとハッキリした……何を企んでるんだいったい!!)
一万円を渡してきたのも、きっと何らかの布石。
海恋の姿で、いったい何するのか。
「先輩に何して貰っちゃうっすかね~~、あーんな事やこーんな事まで、ぐふふふふーー!!」
「卑猥な要求するなら今すぐ帰る」
「ぬあっ!? 待って、待ってくださいっすよ秋仁先輩!? わかりました!! 交換条件を飲んでくれたら卑猥な命令はしません!!」
「……ほう、言ってみろよ」
ジトっとした目で秋仁は、真衣/海恋を見る。
彼女は海恋に似つかわしくない、けれどある意味で真衣らしいニタァとした笑みを浮かべ。
「この格好……気になってるんでしょうアキ君? 止めさせたい? “私”に戻って欲しいっすか先輩?」
「………………ああ、勿論だ」
訝しげに彼女を上から下まで眺めた後、秋仁は頷いた。
その警戒心バリバリの態度に、海恋/真衣は少し悲しそうに笑うと。
「秋仁先輩の超絶可愛い現・恋人である真衣ちゃんに戻るには、十万円を受け取る必要があります」
「くッ、足元見やがって! 十万円なんて持ってねぇぞ!!」
「いえ、私が先輩に払うっすよ十万円」
「なんで??」
「――女の子に十万円貰ってデートするっていうのはどう? オススメよアキ君」
「だからなんでッ、だぁッ!! 普通逆だろ!! 海恋の格好でデートしてもらうから俺が十万円でお願いって、どのみち払えるか受け取れるか!!」
財布から十万円を本当に出した真衣の頭を、秋仁はぺしぺしと叩き。
「えぇ~~、本当にいいっすかぁ? 十万円ですよ十万円、可愛い後輩である私とのデートに十万円も付いてきちゃうんですよ?」
「なんでそんなに貢ごうとしてんだ?? それとも海恋の姿でデートして何かあるのか?」
真衣の行動も言動も実に不可解で、秋仁は必死になって理解しようとした。
彼女は、考え込む彼をじっと見つめて。
(十万円……普通に考えればそんな大金、余程の事情がない限り普通はいくら好きな相手にも渡そうとしないだろう)
(――先輩は、どっちを選ぶっすか?)
(ならば、暗に海恋のフリをした真衣とのデートを望んでいる……それは何故だ?)
(いくら考えたって無駄っすよ先輩、――だって私は、どっちでもいいんですから)
偽物の海恋ではなく、真衣を選んだとして。
秋仁には十万円を受け取った負い目、罪悪感が残る。
そして、十万円に手をつけるにしろ違うにしろ、己を好いているまだ恋人でない女性から貢がれたという事実が残り。
(先輩に都合がいい偽物の海恋先輩を選べば……ああ、答えが楽しみっ)
恋人でない相手に、元カノの演技をさせ心を慰めるという不純で背徳なプレイをする、最低男という現実が発生する。
――そして、その事は秋仁も理解しており。
(どっちを選んでも俺はクズ男になる、それを真衣ちゃんが望んでいるとは思えない)
なら、可能性はあと一つ。
「まさか――……、自らを犠牲にして、まだ俺を失恋から巣食ってくれようとしてくれているのか!!」
「へぁっ!?」
「くッ、なんて……なんて慈悲深い素敵な女の子なんだ真衣ちゃん!! お、俺の事をそんなに――ッ!!」
(なんか変な方向に勘違いしちゃってるううううううう!? ううっ、ち、違うんです先輩っ、私は、もっと浅ましい女で……!)
ここで引いたら男が廃る、海恋と出来なかった恋人デートをして未練を晴らせと。
きっと真衣はそう告げているのだ、と秋仁の目尻には涙すら浮かぶ。
(そうだ、俺がクズ男になるなんてどうでもいいッ!! ここまでしてくれた真衣ちゃんに恥をかかせてはいけないッ、だから――!!)
秋仁は決心した、目の前の存在は真衣ではない。
大切にしたかった、今なお愛おしい女性である海恋であると。
「…………海恋、愛してる。今日はデートに誘ってくれて嬉しいぜ!」
「っ!? あ、アキ君!」
「なぁ真衣、今日一日ずっとお前を海恋として扱う、だから……明日はさ、真衣ちゃんとして俺と会ってくれよ。お前に側に居て欲しいんだ」
「アキ、君……、嗚呼、わかりましたっす先輩!! 私は――“わたし”は完璧な海恋になりますっ!! いいえ、わたしこそが海恋なの!!」
「海恋!!」「アキ君!!」
その後、二人は駅前でウィンドウショッピングをしたかと思えばゲーセンをはしごし、かと思えば急に水族館に行ったり。
お昼はマックを食べ、幼馴染の時も恋人の時も、あまり変わらないと笑い。
夕方になると、公園のベンチに肩を寄せ合って座り穏やかなひと時。
「……ね、アキ君。実はプレゼントがあるの」
「えッ、マジ!?」
「せっかく恋人になったから、記念にね。……はい、感謝しなさいよぉ~~、それ、高かったんだからね」
「くッ、気づくべきだった! 俺も用意したかったぜ!! いや数日待て、俺が至高の恋人記念プレゼントを用意してみせますよ」
「はいはい、期待しないで待っとくわ。それより、右手出しなさい」
「右手……?」
海恋が真衣だと言う事をすっかり忘れ、本人だと思い込んで秋仁は右手を差し出す。
すると彼女は、スマートウォッチを彼の手首に巻きつけた。
「――……これ、俺が欲しかったやつだ。いいのか? 三万円はしたんじゃないのか?」
「ならアキ君も、同じくらいのお値段で用意してね」
「ああ、ああッ!! うっわ、嬉しーー!! スッゲー嬉しいぜ海恋!! お前は世界一の女だ!!」
「ふふっ、もっと褒めてくれていいのよ?」
海恋を演じる中、真衣は暗い喜びを感じていた。
プレゼントしたスマートウォッチは、実のところ本物の海恋が渡せなかったそれと同じ品物なのだ。
海恋が恋人として贈ろうとしたそれを、今、確かに真衣は真の意味で奪う事に成功して。
(あはっ、あははははははっ!! 例え別れた後だとしても!! 渡させない!! あの女からは秋仁先輩に何一つ渡させない!!)
脳味噌が灼熱の快楽で溶けてしまいそう、体中が秋仁を求めて疼いて仕方がない。
「………今日、どこかでオールしない?」
「何処でも何時までも一緒に楽しもうぜ!!」
そして夜、真衣は言葉巧みに焼肉と酒のコンボからのホテルご宿泊フィニッシュブローを決めて。
「――先輩、おはようっす」
「またかよぉ……ッ、またやっちまたあああああああ!!」
とあるラブホにて、裸で目覚めた秋仁。
ベッドは二人の体液で湿っぽいし、彼の体はベタベタだしキスマークや歯型だらけ。
対する真衣は、海恋ではなく素に戻っており、しかも着替え終わって石鹸のいい香りすら漂わせていて。
「じゃあホテル代は払っておくんで、先輩はちゃんとシャワー浴びてから帰るっすよ~~」
「テメェ待ちやがれ待て待ってくださいませ真衣様、どうか俺をクズ男にしないでええええええええええええ!!」
またも彼女を、海恋の身代わりとしてセックスしてしまった。
秋仁はずーんと落ち込んだ後、言われた通り身を清めてからホテルを出る。
「…………これ以上外泊すると、またドツボにはまりかねない。――帰るか」
そうして帰宅した秋仁だったが、彼の部屋の中には何故か海恋/真衣がおり。
ベッドの上に座って、堂々と漫画を読んでいるではないか。
「なんでまた!! 俺の部屋にそんな格好で居るんだよ!! いい加減にしろもう驚かないぞ決定的な違いがあるって昨日――――…………………………あれ?」
瞬間、布の残念な感触ではなく。
指がムニッと沈み込む柔らかさなのに、ふわっとと押し返すような弾力が。
もみもみ、もみもみ、本物の海恋の巨乳のような感触に秋仁は首を捻りながら両手で揉みしだいた。
「ねぇアキ君? いつまでわたしの超魅力的で大きなおっぱい揉んでるワケ? 元カノは恋人じゃないの、ちゃんと理解してる??」
(あ、やっべ、本物だコイツうううううううううううううううううううう!!)
途端、秋仁の顔は真っ青になるも。
残念かな本能は正直で、手の指の動きは止まらず。
彼女が右手をグーにして、振りかぶるのを見守るしか出来なかった。
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