第4話「私だけを」



 不本意であるが処女を奪ってしまった相手が、1万円を渡してくるという事実。

 意味が分からないし、いったい真衣に何のメリットがあるのだろうか。


「なんで??」


「私を抱いてくれたお礼っす」


「受け取れるかアホ!!」


「ふーん、そんな事を言っていいんすかぁ……?」


「何度でも言わせてもらう!! いやダメだろこんなの!! 俺をどこまで最低な男にしたいんだ!!」


 断固として受け取れないと腕を組む全裸男に、全裸の美少女はニマニマと視線を送った。


「先輩が好きで好きでたまらない、とっても可愛い後輩に甘えるだけ甘えて、元カノと重ねて抱いた時点で地に落ちてるっすよねぇ?」


「てめぇにも責任の一端はあるだろうが!!」


「ええ、だからお金を払うっすよ。こんな金額じゃ先輩に処女を奪って貰った幸せにはとうてい届かないですけど……。せめてもの気持ちです、受け取ってください。気が引けるなら、それで今からデートでもしませんか?」


「……………俺、どこからツッコめばいいんだ?」

 

 真衣の言うことは支離滅裂で、しかし引く気はないように思えた。


(受け取って……、言うとおりデート代にでもすっか?)


 酔わせて逆レイプに近い事をした彼女のやり方は、とてもじゃないが褒められた事ではない。

 だが、失恋の痛みを解消するため彼女の優しさに縋ってしまったのも事実。


(受け取ったら、更なる深みに嵌ってしまうような……)


 秋仁は非常に躊躇ったが、真衣は受け取るまで全裸でいるような気がして。


「……明日、俺もお前も講義ないだろ、だからデートは明日な、きっちり使い切ってやる!!」


「そうこなくっちゃっす!! いやっほう! 先輩とデート!! あ、三千円ぐらい残してくれたらご休憩代が出ますよ秋仁先輩っ!」


「はんッ、全部使い切ってやる」


「先輩のいけずぅ……、んじゃ着替えの服出すんで着てくださいっす。昨日のは洗濯しておくんで」


「いやコインランドリーで自分で……」


 自分の服に手を伸ばそうとした秋仁だったが、それより早く真衣が奪い取り、まるで宝物を扱うように抱えた。


「いえいえそこは素直に甘えてくださいっす。……フゥーー!! 先輩の服をお洗濯なんて若奥様気分~~! あ、先にシャワーでも浴びてください、待っててくれたらお背中流すっす!!」


「冗談言ってないではよ行け…………あ、ちょっと待った」


 重要な事を忘れていた、これだけは言って置かなければならない。

 秋仁は真剣な顔で立ち上がると、真衣を後ろから抱きしめる。


「ありがとう真衣ちゃん、俺を好きでいてくれて、こんな俺を慰めてくれて、初めてまで……、お前の気持ちを今すぐ受け止める事はできない、でも……少しだけ待っていてくれるか? 俺からちゃんと告白したいんだ」


「――――ぁ、秋仁、先輩……っ」


 その瞬間、真衣は泣きそうになった


(先輩、先輩、先輩、先輩、秋仁先輩っ!!)


 こんな、こんなに嬉しい事があるのだろうか。

 答えてくれた、嫌われても仕方ない事を、絶縁されてもおかしくない事をしてしまったのに。


(あはっ、あはははははははははは!! やった! とうとうやったっす!!)


 恋人になれる、それは幾度となく夢にみていた事で。

 そして同時に。


(――足りない。まだ足りないっすよ先輩)


 まだだ、まだ真衣の悲願を達成するには、決定的に欠けている事がある


(でも今は……)


 焦る事はない、このまま進めていけば、恋人から更にステップアップが望めるのだ。

 故に、真衣はわざと恐る恐る口を開いて


「信じさせて欲しいっす先輩、その言葉が本当なら、そ、その……キス、して欲しい、で、す……」


 耳まで真っ赤にして、段々と消え入りそうな声で、もじもじと体を揺らす真衣に。

 秋仁は、暖かい何かが心に芽生えたのを自覚して。

 キスしようとした瞬間であった、ポコン、ポコンと真衣が抱えた服の中から電子音が


「あ、そういや俺スマホをポケットにいれっぱなしだったわ。すまん、キスする前に確認させてくれ」


「もー、雰囲気台無しっすよ先輩、……はい、これっすよね」


「さんきゅー、えーっと……ッ!! ちょっと待っててくれ真衣ちゃん、返事返す必要があるんだ!」


(――――ぁ)


 真衣は見てしまった、誰が連絡してきたか秋仁が確認した瞬間、愛おしい誰かに向ける笑顔になった事を


(田倉……海恋~~~~っ!!)


 唇を噛み締め怒りを堪える真衣に気づかず、秋仁は彼女に背中を向けてスマホに集中する


(ダメっす、このままじゃ先輩の恋人にすら――――)


 真衣が後ろから覗き見する中、秋仁の口元は楽しそうに綻んだ。


『やっほ、起きてる? 葵ちゃん心配してたわよー。……まったく、アキ君も不器用ね、葵ちゃんを腹いせに一発ヤるぐらいは許してあげるのに』


『それやったらマジで警察に電話するよなてめぇ』


『当たり前よ、そんな男は元カレでも幼馴染でもないもの』


『お前なぁ……つーか別れたばっかで連絡しない選択肢はねぇのかよ、こっちは引きずってんだぞ』


『あら、昨日は真衣ちゃん手を引かれてどっか消えたって目撃情報があるんだけど? この節操なし』


『流石、寝取られた女は言うことが違うよな』


『言ってなさいよ寝取られ男、わたしの葵ちゃんに心配かけさせないで、でもそれを口実にイチャイチャできたから今回は許しましょう……!!』


 普段と同じ調子の遣り取り、言葉の中身を考えなければ恋人だった時に気持ちが戻った様に思えて。


(海恋……、そーだよなぁ、お前ってやつはさぁ……)


 何処までも自分本位で、何かと秋仁を振り回していた。

 でもそんな所に、惚れてしまったのだ


『家族になったばかりなんだから、葵ちゃんには何処泊まるか言っておきなさいよ、それから真衣ちゃんと一緒だったって事は津井備君の家で遊んでたんしょ? ゲームに負けそうになったからって、また脱糞してウンコ投げて妨害するんじゃないわよ』


 いつまで根に持ってるんだと、秋仁は苦笑いを漏らす。


『あん時はテメェが勝つために生理中のタンポンを投げてきたからじゃねーかアホ女』


『そうだったかしらね? ま、家出も程々にしなさいよ』


 というメッセージで会話は終わり、秋仁は画面を切なそうに見つめて。

 ――後ろで瞳を暗く輝かせる真衣に気づかずに。

 その後、真衣と共に通学した秋仁はいつも通りに講義を受け、夜は大学の最寄り駅の側にあるビジネスホテルで一泊。


(さて、そろそろ行くか)


 朝食の後、デートの待ち合わせ場所には。


「…………な、んで」


 そこには、海恋が恋する乙女のように立っていたのであった。


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