自殺サークル(仮題

@hebeemetal

第1話 外力(仮

ソウタは生きることに疲れを感じていた。

人との交流は苦手で、あらゆる物事に対する興味が薄い。

何をしていれば自分に楽しいという感情が湧くのかもわからない。


そんな日々を送っていれば、否が応でも死というものを意識してしまう。

人の死に方は大別して五つだろうか。

病死、老衰、事故死、他殺、そして自殺。

このうち自分の意志で簡単に実行できるのは自殺である。

しかし、三十年強のソウタの人生は、自殺はあまり良い行為ではないという価値観を彼に刷り込んだ。

そんなソウタが願うのは「事故死」であり、もっと細かく言えば「不慮の事故死」である。


工事現場の横を歩いていたら偶然頭上から鉄骨が落ちてくる、飲食店で食事をしていたら偶然ガス爆発が起こる、地下鉄に乗っていたら偶然脱線事故にあう、夜に散歩していたら偶然通り魔に会ってすれ違いざまに心臓を一突きされる、などなど。

最後の一つは他殺に分類されるが、この際、人から恨みを買って刺されたり、毒を盛られて殺されたりしても、自分自身が事故と認識できそうなものならなんでも良かった。


とにかく自分の意識の外から避けようもない災禍に見舞われ、なすすべもなく命を失う。そういった死に方を求めていた。


自分の意志で避けようと思えば避けられてしまう死に方では、きっと自分は生きようとしてしまう。漠然と死を願っているのに、いざその瞬間が訪れれば、きっと自分は逃げてしまう。そう確信できる。

矛盾しているが、人間誰しもそうだろう。


だからこそ逃れようもない死を待ち続けている。幸いというべきか、ソウタには自殺に踏み切れるほどの精神的、肉体的ストレスは存在しなかった。


いっそ潰されてしまえば良いと常々思っていた。

人づきあいが苦手なせいで、普通に社会生活を送っているだけでも閾値を超えそうなストレスを感じることもある。


その時は自覚できる。

このまま自分を追い込めば、もう少しダメージを追えば、多分自殺できる。

そう自覚できるのに、理性か何かが自分を保護するような行動をとらせる。

そのたび自分が情けなく感じるし、恐らく今後も自分が一歩を踏み出す日はこないであろうと気付けてしまう。


だから、ソウタは卑怯にも外力による死を望み続けた。

一時間と少しの通勤時間、布団に潜ってから寝入るまでの数時間、仕事中に集中が途切れた一瞬など、手持無沙汰となるときはソウタはいつもそんなことを考えていた。


徒然なるままに和歌を書き綴っていられた時代、日々ただ生きることだけを目的として狩りや採集をしていた時代こそ、ソウタにとって生きやすい時代だったのだろう。

現代の人の波、情報の波は、ソウタを簡単に暗い所へと押し流していった。


ある日、ソウタは三一歳の誕生日を迎えた。

昨日までは三二歳になるものと思っていた。

いつ登録したのかも忘れた生命保険関連のサービスから、誕生祝いという名の保険加入の催促メールが届き、そのタイトル名が自分の年齢を教えてくれた。


ふとソウタは日本人男性の平均寿命が知りたくなった。

調べてみると未婚の場合は六七歳であることがわかった。

配偶者がいる男性は七三歳らしいが、ソウタには無縁の情報である。

配偶者など望むべくもないし、自分に好意を寄せる人間など生じえない。


日本人にしては短い六七歳という寿命だが、ソウタにとってはあまりにも長すぎた。

あと三十六年もの間、真綿で首を絞めつけられたような状態で生きていくことを考えると、自然とため息が出てきた。


ソウタはリズミカルな慣れた指運びで、ブラウザの検索バーに「自殺 楽」と打ち込んだ。これまで何度も同じ行為を繰り返し、その度に代わり映えのしない情報を乗せたウェブページに目を滑らせてきた。

少しだけ面白いのは、宗教やオンラインサロンといったものへの勧誘ページが増えてたり、自己啓発本や情報商材の紹介ページ増えたりと、その時々の流行があるということだ。「自殺」も、使いようによっては金儲けの手段になるらしい。


事務的に検索結果をスクロールしていると、ネット最大の掲示板のまとめサイトに目が留まった。少なくともここ数カ月の間では目にした覚えのない検索結果に、ソウタは少し興味をおぼえた。


タイトルにはこうあった。


「あの自殺サークルが5年ぶりに復活したってよ」


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