第25話・月華遺跡内の攻防

 翌朝──日の出の刹那せつなの瞬間、空が緑色に染まるグリーンフラッシュ。

 鉄馬たちはグリフォン型奇石の、月華岬にやって来た。

 岬前の浜には、海オカドーたちが群れている。

「ア──ッ、ア──ッ、ギィギィ」

 中には意味不明な奇声や、怒声を発しているオカドーもいた。

 洞窟の近くには、入り口をふさいでいた巨石が絶妙なバランス〔ロックバランシング〕で積まれている。


 指の関節を鳴らしながら牛鬼が言った。

「外に群れているオカドーは、オレが引きつける、超速度で倒すまでもない……刮目かつもくせよ、牛鬼の動きをその目に焼きつけよ」

 朝日に輝く海が盛り上がり、海中から上半身が美形青年の裸体、股間に近いギリギリの位置の腰から下がヌメるウナギの胴体の『ジンジュー』が海水をしたたらせて現れた。


 エロっぽい青年裸体と、フレキシブルチューブでつながった腰から下にあるウナギのヒレを、パタパタさせているジンジューを見て。

 竜剣と血獣は、それぞれ別の感想を言った。

「あの美形な裸体は、イケメン好きな女性には目の読だな。いや、逆に目の保養か。人間裸体の方もヌメってやがる」

「ポジティブに考えなくても、あのウナギの下半身は蒲焼きにしたら美味そうだ……これは遭遇できてラッキーか」


 少し困り顔で頭を掻く牛鬼。

「困ったな、あんなデカブツの相手までできないぞ……ここでクイズだ、オカドーとジンジューの相手を罪人一人でやるか。二人でやるか、罪人二人で相手をするとなると、洞窟の中に突入する戦力が半減する……困った、もう一人罪人がこの場にいれば」


 牛鬼の声に応じるように、釣り竿をもった『仮想』が、ロックバランシングで積まれた巨石の上に現れた。

「どこかで聞き覚えがある声だと思ったら、罪人のみなさん、お久しぶり……お困りのようだね、ボクが加勢してあげようか」

 仮想は絶妙なバランスで積まれた、岩の上で美形青年のジンジューを見上げながら言った。

「この岩、君が積んだの? スゴイね、心配しなくてもいいよ殺しはしないから……邪魔しなければ、追い払うだけだから。本気で向かってきたら倒すけれど」


  ◇◇◇◇◇◇


 オカドーを、投げ飛ばしたり素手で引きちぎっている牛鬼と。ジンジューと対等に戦っている仮想を残して……鉄馬、竜剣、血獣の三人は洞窟内に突入した。

 洞窟の中にもオカドーは群れていた。

 天井に張りついているオカドー。

 地面を這っているオカドー。

 壁に張りついているオカドー。 


 血獣が飛ばした血が、おカドーの体を貫く。

 竜剣の剣がオカドーを、縦に叩き割る。

 鉄馬の無機物融合した腕が、オカドーを焼死させたり、凍結死させたり、感電死させる。

 オカドーの頭をダンゴのように、貫きながら竜剣が鉄馬に助言する。

「遺跡の町に入ったら、両側が石壁の狭い通路には気をつけろ……トラップが仕掛けられている可能性がある」

「了解!」


 三人は四角い石造りの建造物が並ぶ、月華遺跡の地下都市に出た。

 三人の前に、抜いた和刀を持った、ネコマ・ライトが現れた。

 竜剣が鉄馬と血獣に向かって言った。

「ここは、オレに任せて二人は先へ進め、ついてこいネコマの右側!」

 竜剣が横の通路へと動くと、ネコマ・ライトも竜剣の誘いに応じるように横道の暗闇へと消えた。


 しばらく進むと、建物の上にネコマ・レフトが現れ牙を剥く。

 血獣が鉄馬に言った。 

「ポジティブに考えてこれはラッキーか……鉄馬、先に行け。朔夜姫さまの想い出を頼むぞ」

 四脚姿勢になった血獣の体が、噴き出した血液に包まれケダモノ化する。

 威嚇いかくの唸り声を発した、ネコマ・レフトと血獣は、取っ組み合って遺跡町の裏通りへと消えた。


  ◇◇◇◇◇◇


 両側が石壁の狭い通路に入ってしまった鉄馬に、狂ったオカドーが襲いかかる。

「ギィギィ、早ク行ケ!」

「グガガガガァァ!」

「モウ、イヤダァ」

 遺跡の発動したトラップがオカドーを左右から串刺しにしたり。

 落し穴の底の強酸水に水没したり。

 飛んできた円盤状の刃物がオカドーの首を切断したりした。


 鉄馬は、バカなオカドーが次々とトラップに引っ掛かってくれたので、鉄馬は無事に迷路のような通路を

無事に通過するコトができた。

 広場のような場所から望む町並みの中に、黄金色に輝くディストーション帝国の小型宇宙船が見えた。

(あれが、牛鬼が言っていた黄金の宇宙船か……なんのために、遺跡の中に?)

 そんなコトを考えていた鉄馬の足元をムチが襲う。

「おまえ一人か、ここまで辿り着いた罪人は……よく、遺跡のトラップを抜けられたな、わたしは三回死んだぞ」


 鉄馬の前に現れたのは、ムチを持った空木悪目だった。

 鉄馬が悪目に強い口調で言った。

「侵略行為をやめろ! ディストーション帝国!」

「なぜだ? 人間同士で戦争をするよりはいいだろう、戦争は勝っても負けても勝者はいない……我々は動植物が生息域を広げているようなものだ、繁殖力が強い者が生存覇者となる。自然界の法則と我々のやっているコトに、なんの違いがある」

「そんなの、単なる詭弁きべんだ!」

「妖星ディストーション帝国の侵略行為を止めたかったら、実力で止めてみろ……鉄馬お兄ちゃん」

「妹の口真似はやめろ!」


 開始される鉄馬と悪目の一戦。ムチを振りながら、悪目が言った。

「良いコトを教えてやろう、遺跡内に着陸させた黄金色の宇宙船の中には、おまえの妹がいる」

 剣のように伸ばした、刃物アームを悪目に、向かって突き出す鉄馬。

「適当なコトを言うな!」

「適当かどうかは、わたしを倒して確かめるがいい……ハッハッハ」


 そして、ついに鉄馬の腕が悪目の胸を貫く。

(やった、心臓を刺し貫いたぞ……手応えがあった)

 両目を見開いて、仰向けに倒れる空木悪目。

「空木悪目を倒した!」

 妹が居ると言った黄金宇宙船に向かおうとした、鉄馬の背後から、悪目の声が聞こえてきた。

「どこへ行くつもりだ。まだ、わたしは死んでいないぞ」

 振り返った鉄馬は戦慄する、そこには殺したはずの悪目が笑みを浮かべて立っていた。

(そんなバカな……?)

「もっと本気で、わたしを殺せ……ふふふっ」

 鉄馬は、幾度もさまざまな方法で悪目を殺す……だが、そのたびに悪目の体は再生して復活する。


 鉄馬が疲れてきた頃──遺跡の中を一条の閃光が、建物や洞窟の壁を反射屈折して、遺跡の奥の方へと走った。

 それを見た悪目が、勝ち誇った口調で言った。

「時間稼ぎは終わった……あの光りを待っていた。遺跡内を決まった日時に射し込んで、朔夜姫の王妃への想い出の隠し場所を示す瞬間を待っていた……金色の宇宙船の扉は開いている。罠は仕掛けてないから、妹は勝手に連れて行け」


 飛び下がって、鉄馬から離れる空木悪目。

 光りの閃光が走った遺跡の奥の方から、聞こえてきた骸崎乱子の声。

「ひひひっ、見つけた……朔夜姫の想い出をゲットできた。殺してあたしを殺して!」

 乱子の声に続いて、ネコマ・ライトの。

「殺すのでござるか?」

 と、いう声と乱子の悲鳴が聞こえた。


 静寂がもどった月華遺跡内を、黄金宇宙船に向かった鉄馬は開いた扉近くの通路壁に、背もたれる格好で意識を失っている灯花を発見した。

「灯花⁉」

 妹の名を呼び、肩を揺すると意識を取り戻した『幻月灯花』が、薄っすらと目を開けて鉄馬を見る。

「鉄馬……お兄ちゃん?」

「良かった、本当に良かった……もう大丈夫だ、お兄ちゃんが助けに来たからな……動けるか」

「うんっ」


 鉄馬は灯花を背負って岬の外に出た、外では疲れた表情をした竜剣、血獣、牛鬼の三人が、散乱するオカドーの死体の中で座り込んでいた。

 三人に訊ねる鉄馬。

「仮想は?」

「ジンジューを追い払ったら、またフラッとどこかに行ってしまった」

 竜剣の話しだと、ネコマ・ライトと、レフトには逃げられたとのコトだった。

 今度は竜剣が、鉄馬に訊ねる。

「朔夜姫の想い出メモリーは、どうなった?」

「ディストーション帝国に奪われてしまった。オレの失敗だ……すまない」

 竜剣は鉄馬を責めるコトもなく一言。

「そうか」と、言っただけだった。


 モチベーションが下がっている牛鬼が、鉄馬が背負っている灯花を見て言った。

「なぜ、空木悪目を背負っている? ここでクイズだ……鉄馬が背負っているのは空木悪目本人か? 別人か? どっちだ? 悪目だったら今度こそ、首を引き抜いて確実に殺す」

 牛鬼の言葉に、動揺する鉄馬。

「ちがう、ちがう、背負っているのは妹の灯花だ! 空木悪目じゃない!」


 その時──月華岬のグリフォンの背中を突き破って、銀色に輝くディストーション帝国宇宙船が、白い水蒸気雲を噴出して急上昇していくのが見えた。

 青く広がる空に吸い込まれるように、小さくなっていく、ディストーション帝国の小型宇宙船を見上げる竜剣が。

「もう一機、宇宙船を遺跡の中に隠していたのか……これは、ディストーション帝国の完全な作戦勝ちだな」


 罪人たちが、空に消えていく宇宙船に意識を向けて見上げている時に──鉄馬に背負われている『幻月灯花』は、誰にも気づかれない笑みを浮かべていた。


 その笑みは『空木悪目』の笑い顔に、そっくりだった。

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