第七章・月華岬の攻防【生殺与奪】

第23話・月華岬

 月桂城の大広間──銀鉤ぎんこう銀山から、もどってきた。鉄馬の報告を聞き終わった朔夜姫は静かに口を開いた。

「そうでしたか、ディストーション帝国の目的は〝れあめたる〟と言うモノでしたか?」

 朔夜姫には、レアメタルというモノがどんなモノなのか、理解していない様子だった。


 朔夜姫は、鉄馬に羽が一つ無い、手動の小型扇風機ファンと、コードが千切れたイヤホンを差し出して言った。

「亡くなったお母さまの遺品を以前、整理していたら出てきて。

今まで倉庫の隅の木箱に入って忘れ去られていた物品です……おそらく、鉄馬お兄ちゃんの世界では見覚えがあるモノかと」

「確かに、オレの世界でも使われていたモノだ……融合できると思う」


 鉄馬は朔夜姫から受け取った手動扇風機と、コードが千切れたイヤホンジャックをウェストポーチに仕舞い込む。

 鉄馬はウェストポーチの中に入っているモノを、確認する。


 電気残量がない電池。

 ガスが切れた使い捨てライター。

 尖端が丸くなったアイスピック。

 少し使った消しゴム。

 洗濯バサミ。

 羽が一枚無い手動扇風機。

 コードが千切れたイヤホン。

 そして、腰のナイフケースとガンホルダーには、折れたサバイバルナイフと、モデルガンが収納されている。

 一番最初に融合できて使っていたカッターは、刃の部分が半分以上折れてしまったので、今は積極的には使っていない。


 鉄馬に新たなアイテムを手渡した、朔夜姫が言った。

「今度は、妖星ディストーション帝国が大海を望む【月華岬】に現れました」

 竜剣が風景を思い出すように言った。

「月華岬か……一度行ったコトがあるが、絶景の場所だ。近くにある港町の食べ物も美味い」

 メイド姫が、すかさず用意していた紙芝居を出して言った。

「ここからは、あたしが作った紙芝居で港町の説明をします……くっ、殺せ!」


 一枚目の紙芝居の表紙には、グリフォンが鎮座したような形をした断崖の岬の絵が描かれていた。

 絵画的な表紙で、表紙の隅に金鏡王妃・作を示す篆刻印てんこくいんされていた。


(この表紙の絵なら、月華岬の形がわかるな)

 だが、二枚目以降の紙芝居の絵はメイド姫が描いた絵だった。

 メイド姫の絵は前回の子供のラクガキのような絵から、さらにパワーアップして前衛芸術の域に到達していた。


 描かれている絵を必死に理解しようとしている鉄馬の耳には、メイド姫の港町の観光名所案内やや名物料理の説明は届いていない。

(わかんねぇ、これはキュービズムか? あのウナギと合体した人間みたいなのなんだ?)


 鉄馬の耳に残ったのは、メイド姫が最後に言った。月華港の名物料理の名称だけだった。

「……と、言うワケで。月華港に行ったら、一度は魚の頑丘料理を食してみてください、以上があたしが旅人から聞いた話しでした……ミッションの説明は、朔夜姫の方から」

 紙芝居を片付けているメイド姫に鉄馬が質問する。

「紙芝居の中に、人間の胴体の下半身がウナギみたいなモノが描いてあったけれど、アレはなんだ? 大きさから見てカイジンじゃないよな?」

 メイド姫は鉄馬の質問には答えずに、背を向けたまま。

「くっ、殺せ」

 と、だけ呟いた。


 紙芝居に続いて、朔夜姫がミッションを説明する。

「今回のディストーション帝国の、目的は明白です……月華岬の下にある洞窟の奥にある遺跡に、わたくしが隠した。亡きお母様さまの想い出を、ディストーション帝国は狙っています」

 鉄馬が朔夜姫に問う。

「想い出?」

「わたくしが幼い頃に描いた日記や、お母さまに宛てた手紙です……なぜ、ディストーション帝国が狙っているのかはわかりませんが」


 朔夜姫は月華岬に行く罪人を選出する。

「鉄馬お兄ちゃん、竜剣、血獣、牛鬼の四名でお願いします」

 少し涙を浮かべた目で、祈るように両手を握りしめる朔夜姫。

「お願いします、罪人の方々……わたくしの、お母さまの想い出を守ってください」


  ◇◇◇◇◇◇


 半日後──バイクに乗った鉄馬。

 背中から片翼が半分切断された、コウモリのような翼を広げて飛行してきた竜剣。

 血のケモノ姿に変身して四脚疾走してきた血獣の三人は、月華岬の港町に到着した。


 港町入口の、宿屋と食堂が兼用している建物の軒下にある木製の長椅子には。

 超高速移動で先に同着していた牛鬼が座り、竹水筒の水で喉を潤していた。

 鉄馬は、着地して翼を体に収納した竜剣に聞いてみた。

「空を飛べるなんて知らなかった、片方の翼どうしたんだ? 切断されたみたいだったけれど?」

「天使にやられた……これ以上は聞くな」


 長椅子に座っている牛鬼が言った。

「ここでクイズだ、このまま腹が減ったまま月華岬の遺跡に向ってディストーション帝国と一戦交えるか……月華岬に向かうのは明日にして今日は、美味いモノ食べて鋭気を養って体を休めるか……岬の方は、さっき見てきたが。遺跡に通じている洞窟の入り口は巨石で閉じられていて、ディストーション帝国の連中がすぐに動く様子はない」


 竜剣が、牛鬼に訊ねる。

「宿屋の空き部屋の状況は?」

「すでに、人数分予約してある」

「オカドーたちは、どこにいる?」

「浜で火を焚いて、雨風に晒された。野晒しキャンプをしている……火の周りに集まっているのは変異して、体にウロコが生えた水棲オカドーだ」

「そうか、岬に行くのは明日でも大丈夫そうだな」


 鉄馬たちは、とりあえず食事をするコトにした。

 食堂に入った竜剣と血獣と牛鬼は、名物料理の『魚眼焼き定食』を注文する。

 血獣が鉄馬に訊ねる。

「鉄馬は名物の魚眼焼きを注文しないのか?」

「オレは普通の、日替わり定食でいい」


 やがて運ばれてきた、魚眼焼きを見た定食仰天する。

「それが……名物料理の魚眼焼き?」

 皿にダチョウの卵サイズの目玉焼が乗っていて、白身の部分に埋め込まれるように大小の魚の目玉が、デコレーションされていた。

 鉄馬が言った。

「オレが知っている、目玉焼きと違う」

 血獣と牛鬼が、箸で魚眼目玉焼きを食べながら続けて言った。

「これは、ポジティブに考えなくても普通に美味い」

刮目かつもくして実食せよ、月華岬の名物を」


 鉄馬たちが定食を食べていると、ウロコを体に生やした水棲変異の、海オカドーたちがワラワラと食堂に入ってきた。

 ご飯粒を頬につけた鉄馬が、オカドーを見て怒りの

形相で立ち上がる。

「クズのオカドー!」

 竜剣が、椅子から立ち上がった鉄馬をなだめて座らせる。

「落ち着け鉄馬、今は食事中だ。変異した海オカドーは客として来たのかも知れない……少しだけ様子を見よう」


 鉄馬が離れた席に座ったオカドーたちを観察していると、食堂で働く和装姿の娘が怯えながら、オカドーのところに注文を聞きに近づいた。

「ご、ご注文は?」

「ギィギィ、オマエハ馬鹿……カ」 

「はぁ?」

「ギィギィ、ドンナ脳ミソ…シテイルンダ」

「お、お客さま、少し失礼じゃありませんか」

「ギィギィーッ! ア──ッ!」

 突然、オカドーたちは暴れはじめた。


「お客さん、やめてください! 店の中で暴れないでぇ! あぇっ、それは残飯です、やめてぇ! 机の上に残飯をぶちまけて食べないでぇぇ!」

「ギィギィギイ……自分ハ、コンナ性格ダカラ、ヒネクレルンダ……ア──ッ」


 一匹のオカドーの首が、竜剣の剣でぎ払われて天井近くまで飛ぶ。

 長い爪楊枝つまようじを、口にくわえた竜剣が呟く。

「姿が変わっても、オカドーはオカドーだな……やっぱりオカドーは客じゃねぇ、ここじゃ店に迷惑がかかる表に出ろオカドー」

 鉄馬たちの後を追って、バカなオカドーたちは外に出た。

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