旅館の一夜(7)

339 :薬 さん

ご両親は3階の突き当たりで見つかりました。

ちょっと説明するのが難しいのですが、旅館自体がくの字に近い形になっており、廊下は真っ直ぐには見渡せないんです。

女の子が見つかった部屋のすぐ外から少し歩いて、ゆるい曲がり角の向こう側に懐中電灯の光を向けたところ、女の子の父親が立っているのが見えました。

このときは毒ちゃんが先行していました。俺は女の子をおんぶしていましたので。

毒ちゃんは女の子の父親を見つけると急に止まりました。

止まった理由は俺にもすぐに理解できました。

背中におぶっている女の子も息を詰めたので、理解してしまったんでしょう。

女の子の父親の足元には、女の子の義母が倒れていました。

顔を含めて体は俺たちのほうを向いていなかったので、背面以外がどうなっていたかはわかりません。

ゆーっくりと父親がこちらを振り返りました。

「どうしたんだ」と毒ちゃんが声をかけると、父親は「いいところに来ました」と言いました。

妙に冷静で、冷静すぎる言い方にものすごく嫌な予感を覚えたのを今でも鮮明に思い出せます。

「あ、結婚しましょう」

父親の言葉に俺たちは呆気に取られました。

「うわー、結婚しましょう」

父親はものすごい笑顔になって二度言いました。

すごく、いい提案をしたとでも言うような顔と口調でした。

「こいつはダメだ」毒ちゃんがうしろにいる俺にささやくように言うと、父親が急にこちらへ向かって走ってきました。

「なんでなんですか!」と意味不明なことを叫んで、懐中電灯の光に父親の口から飛び出たよだれがきらめきました。

毒ちゃんが父親の股間を蹴り上げると、流石にその場にうずくまって「ウーッ、ウーッ」と苦悶の声を漏らしていました。

「こいつはダメだ」毒ちゃんは二度そう言うと「逃げるぞ」と言って、俺の腕を引っ張りました。

女の子が俺の背中で泣いているのはわかりましたが、毒ちゃんの言うことに従ったほうがいいのは明らかだったので、ご両親は見捨てました。

毒ちゃんがしんがりを務める形で、俺たちは2階へ降りました。

するとちょうど1階に降りようとしていた大学生グループとカップルに遭遇しました。

女性の顔ぶれが増えているのを見て、どうやら無事に見つかったらしいことを理解しました。

「どうしたんですか?」とカップルの男性のほうが問うてきたので、端的に女の子の父親がおかしくなってしまったこと、母親のほうがなんらかのトラブルがあったのか3階で倒れていることを伝えました。

すると自然と女の子をおぶっている俺を除く男性陣が3階へ上がることになりました。

女性陣は不安そうにしていましたが、怪我をしていたり、精神的におかしくなっている人はいないようでした。

毒ちゃんはこの流れには何も言いませんでした。

俺も言うべきことは言ったと思っていたので、なにも言いませんでした。

女性陣と俺は先に旧館を出ることになりました。

旧館から俺たちが宿泊している新館の廊下に出ると、窓の外の空が白み始めていることに気づきました。

廊下には明らかに顔色の悪い女将さんと従業員がおり、ぎこちないながらも出迎えてくれました。

女の子を降ろしながら、いつスレに書き込むべきかななどと考えていると、意外にも旧館の3階へ上がった男性陣はすぐに帰ってきました。

「ご無事ですか?」俺がそう問いかけると、カップルの男性のほうが「僕たちは無事だけど、ちょっとここでは話せない」と告げられました。

それを聞いた毒ちゃんが、まだ泣いている女の子をあやしながら宴会場へと連れて行きました。

男性陣はよくよく見ると、出迎えてくれた女将くらい顔色が悪かったんです。

それで俺はなんとなく話の流れを察してしまいました。

案の定、話してもらった内容はよくないものでした。

3階には俺が話したとおりに女の子の義母が倒れていたんだそうですが、既にお亡くなりになられていたそうです。

上でこのことを書かなかったのはニュースになった場合に、旅館の場所などを特定されるのを遅らせるためでした。

ですが今のところネットニュースなどにはなっていないようですので、書きました。

父親のほうも一応捜したらしいのですが、見つからなかったそうです。

少なくとも3階の部屋にはいなかったと。

新たな行方不明者が1人、と書いたのは女の子の父親のことです。


男性陣が戻ってきたところで日の出になってしまったので、女将さんが旧館へ続く扉を施錠しました。

旧館には女の子の義母のご遺体があるのは確実なわけですが、どうするのかは不明です。

流石に放置はしないと思うのですが……。

最終的に宿泊料は全額返ってきました。

口止め料代わりなのかもしれませんが、俺は既にここで書いてしまっているので……ちょっとご期待には添えないのは申し訳ないですね。

昼には、土砂は取り除かれて俺たちはやっと山を降りられることになりました。

あとあと警察がやってくるのかどうかはわかりません。

ご両親を失った女の子についてですが、旅館側が祖父母(母方なのか父方なのかはわかりませんが)に連絡を取ったので迎えに来てもらえるそうです。

女の子の祖父母が迎えに来る前に俺たちは旅館を去りましたので、その後どうなったかは不明です。


色々とわからないことだらけですが、ひとまず無事に家に帰りつけたというところで話は以上になります。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。



340 :anonymous さん

つ[¥300]

長文乙乙。



341 :hakohako さん

つ[¥3,000]

無事に帰ってきてくれたので祝いのお布施です。

なんというか、これまでに書き込んでくれた情報を総合してもわからないことが本当に多すぎるね……。



342 :anonymous さん

つ[¥500]

帰還祝いに投げておこう。



343 :anonymous さん

全部読んだけどマジで意味不明なことが多すぎるな。

女将は何かヒントになりそうなこと言ってなかった?



344 :goldloser さん

つ[¥1,000]

義母さんは残念なことになりましたが、女の子は無事に連れ帰れてよかったです。

結局、お父さんのほうはなにがあったんでしょうね?

これも「悪しきもの」のせい?



345 :anonymous さん

「結婚しよ」とか唐突に言い出すの、オタクくらいでしょ。



346 :anonymous さん

つ[¥500]

お帰りお布施。

なんつーか……なんか色々と繋がりそうで微妙に繋がらない、ちぐはぐなところが気持ち悪いな……。



347 :anonymous さん

つ[¥300]

父親のセリフが本当に意味不明で怖いというか、気持ち悪い。



348 :anonymous さん

父親のセリフって毒ちゃんへ向けたもの?



349 :anonymous さん

毒ちゃん美人らしいからな。一目惚れかな?(あらゆる違和感から目をそらしつつ)



350 :anonymous さん

つ[¥800]

なるほど。毒ちゃんに惚れて求婚するために現妻をコロコロしたのか。



351 :anonymous さん

いやいやいや……そんなことある???



352 :hakohako さん

理屈としては通ってるけれども。



353 :goldloser さん

お父さんが義母さんに手をかけたとは限らないのではないでしょうか?

状況的に可能性は高いですけれども……。



354 :anonymous さん

安楽椅子探偵しようにも情報が少なすぎる。



355 :anonymous さん

つ[¥500]

女の子の今後が心配。こんなんトラウマになるでしょ。



356 :anonymous さん

でも毒薬が連れ帰って来てくれてよかったよ。

さすがに非のない小さな子が犠牲になるのは胸糞悪い……。



357 :anonymous さん

結局「悪しきもの」ってなんだったん???



368 :anonymous さん

旧館と「悪しきもの」の関係も謎のまま終わったな。



369 :hakohako さん

毒ちゃんはなにか言ってなかった?

ほら、どうも薬たちとは別のものが見えてるときがあるからさ。



370 :anonymous さん

動物的直感が鋭そうだよな、毒ちゃん。

運動神経もいいみたいだし。



371 :anonymous さん

父親の異変にいち早く気づいた上、素早く金的を食らわせられる毒ちゃんつおいw



372 :anonymous さん

毒ちゃんは言動で不安になるときもあるけど、いざってときはめちゃくちゃ心強いよな。

肝が据わってる。



373 :薬 さん

みなさん、お布施ありがとうございます。毒ちゃんのために使わせていただきます。


とにかく親バレが怖くてさっさと帰ってしまったんですが、帰った後になるともう少し色々と聞いておきたかったことがあるなと反省しています。

こんなスレにお付き合いいただきありがとうございました。


毒ちゃんには俺とは違うものが見えていたかはわかりません。

ただ旅館を出るときに「あいつら、たくさんいるんだな」とだけ言っていました。

「やっぱり複数体いる感じ?」と俺が聞くと「そういう意味じゃない」と。

「カブトムシがいっぱいいるんじゃなくて、カブトムシもいっぱいいて、クワガタムシやカミキリムシやハチもいっぱいいる感じ」だと。

毒ちゃん自身にもきちんとした意味は捉え切れていないらしく、俺にもよくわかりませんでした。


それでは、また次回もお付き合いくださると幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る