僕とエルフと僕の足

斎庭あかり

僕とエルフと僕の足

 僕の足の葬式が行われた。

 火葬されて煙になり灰になり骨として残った頃、僕は病室のベッドの上にいて、眠り続けていた。

 大変な事故だったという。トラックが横転して、右足が下敷きになった。このままだと足から腐ってしまうとかで切断をせざるを得なかったらしい。

 と、目覚めたときに母から泣きながら聞かされたが、現実感がなかった。

 起きあがるようになると不自由がわかった。体のバランスが取れない。時々まだ足があるように疼いたり痒くなったりもする。幻肢と言ってよくある現象なのだそうだ。

 まだ二十五歳。この先の事を考えると不安になるが、受け入れるしかなかった。

 

 ある夜、虫が出た。

 トラックの会社からもたんまり保険がでているので個室にして貰っていた。

 羽音が耳障りで頭から布団をかぶって寝た。

 この羽虫、昼の間はどこかに隠れていて、退治しようと思っても見つからない。夜になるとブンブンうるさく飛び回る。

 三日続いていい加減イライラして、四日目に退治することにした。

 夕食の後仮眠して、夜中の一時に起きた。

 しばらくして、枕が突然緑に光り始めた。

 オーロラのように偏光してやがて光が粒子のように散らばり一つにまとまる。

 羽虫だ。でかい。

 本体の大きさは三センチほどだろうか。羽はさらにでかかった。光の名残で輪郭がちらちらと緑に瞬いていた。

 それが僕に向かってくる。

 思わず払い落とす。

「さすがに一筋縄ではいかぬか!」

 虫が喋った⁉

 ベッドボードのスイッチで読書灯を付ける。

 薄い反射光の中で見たそいつは人の形をしていた。童話の妖精のような奴だ。小さな甲冑を着けて、羽を震わせて飛びながらこちらに向かってくる。持ってる剣はサイズ的には縫い針だが刺されたら洒落にならない。枕を振り回して防御した。

「何騒いでらっしゃるんですか⁉ 樺山さん」

 電気が付いた。

 夜勤の看護師が開いている扉からのぞき込んでいた。

「いや、今羽が生えた小さい人間が」

 冷たいまなざしに気づいて口を噤む。

 羽虫は消えていた。


 翌日夜、待っていると同じ様に緑の光が枕から溢れる。

 寸分違わぬ場所だったから苦労は何もない。洗濯に使っているネットでそいつを捕まえた。今日は準備万端なのだ。

「勇者様お放し下さい!! 私はあなたの守護者、エルフ族の魔法戦士エルルアンです!」

 そいつがキーキー喚いた。

 これはもしかして夢なのか? 手の中で逃げ出そうとする虫もどきの自称エルフの感触は生々しい。

「何だその勇者って」

 もがくのをやめてそいつは僕を見上げた。  

「聞いたことありませぬか。この世界で死したものが異世界転生して勇者になると言う話を。この世界は異世界の勇者生産工場なのです。そして貴方はわが世界を救うお方」

「へえ。その勇者の僕を何で襲うんだよ」

「何故かわが世界に転生して来たのは足一本。いえ勿論足だけと言えど勇者様は勇者様ですけどね。足に訊けば体はまだこちらにあるというではないですか。異次元の扉を開いて念で形を作ったものの、この世界の光の粒子と干渉してやっと作れたのがこの小ささ」

「それで夜になると飛び回ってたわけか」

「転生していただかなくてはならぬのですが余りに小さく致命傷を与えることが出来ず。勇者様、自殺しませぬか? 向こうの世界はいいですよお? 仲間を集め魔王を倒し世界の英雄になるのです!」

「ちなみにお前はこちらの世界で死ぬとどうなるんだ?」

「念ですから心配無用です。次元の扉を開くほど回復するのに五十年ばかりかかりますが私はエルフなので五十年など……――」


「樺山さん、虫は大丈夫でした?」

 朝の巡回の時間、蠅たたきを貸してくれた看護師が声をかけてきた。

「ちゃんと仕留めましたよ。今後五十年くらい出ない自信あります」

 怪訝そうな看護師から愛想笑いでけんおんくんを受け取り、脇に挟むべく起き上がった。

 ないはずの右足に何かが触れた感触がした。

 僕の足がどこかを冒険してるのかもしれない。

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僕とエルフと僕の足 斎庭あかり @manai-k

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