幽霊病院乱闘除霊録

目々

首が飛ぶ

 廃病院の玄関、その奥の暗がりから走り出てきた女が目の前を走り過ぎようとした瞬間にその首は弾かれるように宙を舞って、宮田が手際よく悲鳴を上げた。


 淡い灰色のカーディガンに覆われた女の背中はあっと言う間に遠くなっていく。恐らく正門の方へと向かっているのだろう。話にしか聞いたことないが、首をむしられても走る鶏と同じ理屈なんだろうかとその背を呆然と見送ってから、俺は喘息のような悲鳴を断続的に上げ続けている宮田を見た。


「警察とか──警察とか呼んだ方がいいかなあ! 首飛んだまま行っちゃったから!」

「待ちなよ、叫ぶなよ首飛んだんだから……でもほら、分かんないから」


 だってここ心霊スポットじゃんと今更のように口に出せば、握り締めたままのスマホの明かりに照らされた宮田の顔が面白いくらいに青くなった。

 暇を持て余した大学生の夏の夜。男二人の家飲みで、ちょうど放送していた心霊番組を見ていたことから盛り上がって近場の心霊スポットに肝試しに行こうぜと思いついてふらふらと歩きついたときには最早夜中の一時を過ぎていた。夜の黒々とした闇の中に蹲る姿に圧倒されかと言ってすぐに逃げ帰るのも負けた気分になると歩道の明かりが微かに届く正面玄関──それもぼかりと開きっ放しになった様子は死骸の口のようで十分におぞましかった──の側で煙草などを吸いつつ途切れがちに雑談をしていたのだ。

 突然に廃墟から女が飛び出してくる、その上首まで落としていくなんていうのは予想していなかったのだからどうしようもない。俺も宮田もぶっ倒れていないだけマシだろう。

 手元の煙草が指を焦がしそうになっているのに気付いて、俺は慌てて携帯灰皿を取り出す。宮田は落ち着こうとしているのか、パッケージから吸う分を取り出そうとしながら手の震えが収まらないようで、ぎりぎりと箱を握り潰している。


「じゃあ──じゃあ、今の何。あれ警察とか呼んでいいやつなの?」

「だから分かんねえっつってんじゃん」


 女が廃墟から走って出てきた。首が切れて飛んだ。体だけまっすぐに敷地の外へ向かって逃げていった。

 起きたことはこれだけなのに、すべてもれなく常軌を逸しているのが腹立たしい。通報したところでいたずらと思われるか、最悪よろしくない錠剤の使用疑いをかけられてもおかしくない。そんなことになれば、連絡を受けた家族から何を言われるか分かったものではない。せっかく大学に入って獲得した念願の一人暮らしをこんな愚行肝試しのせいで失いたくはない。


 ならば通報をする前に幻覚ではない証明をすべきだろう。幸いにもその証拠──先程地面に落ちたはずの首を探そうと、俺は視線を下に向ける。


 夜闇に覆われたアスファルトの上、転がったままの首を革靴が踏みつけている。


 ぎょっとして顔を上げた先には人影が二つ並んでいて、宮田が自転車のブレーキじみた声を上げて後退った。

 革靴。地味なビジネススーツ。昼間のオフィス街にいそうな地味な青年と、それよりは年かさだろう男──結構な長身だ──はタブレットらしきものを抱えている。その反射光にぼんやりと照らされた顔は不気味ではあったが、至って普通の人間に見えた。


「これはどなたのやり口ですか、山下さん」

「……切断面に術式の痕跡がありますから、横部でしょう」


 踏みつけていた生首を持ち上げて、首側を見ながら二人組は何やら話している。声の調子からして革靴の方はまだ若い男だろう。

 その男がようやく気付いたような顔をして俺たちこちらを見た。


「あの方々は?」

「生きてますよ。部外者ですね」

「生きてる人間ですか。困ったな……」


 見つけちゃったからには保護しないといけないからなあ一般人と男は薄く笑って生首を後方へと蹴り飛ばし、俺たちに会釈をしてみせた。

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