大人だって、怖いモンは怖いんだ 9
階段を降りた先にあったのは、地下牢のような雰囲気の場所だった。
「地下牢にも見えるが、空気は綺麗だな。
手入れのさあれていない地上よりもよっぽど空気が循環してるぞ」
そんなことを言いながら、バッカスは周囲を見回す。
鉄格子のようなモノに遮られた小部屋はあるが、扉は開いている。
天井や壁に、魔導灯やランタンのようなモノもないのに、全体的に明るい。
最初の目的は地下牢として作られ、いつからか別の用途で使われだしたといったところだろうか。
クリスが先行するように周囲を探っていき、バッカスはそれを追いながらゆっくりと視線を巡らせる。
「バッカス」
「どうした、クリス?」
「たぶん人がいたわ。それも最近まで」
彼女が示す牢をのぞき込むと、机やイス、本棚や薬瓶などがあった。
「机やイスは元々あったもんだな。
だが、実験道具なんかの諸々は明らかに持ち込まれているか」
「私にもそう見えるわ」
「ユーカリが家を購入し、出入りするようになったから逃げ出した――と考えるのが自然か」
「私たちも調査だなんだと出入りしたしね」
バッカスはうなずき、机の周りを観察する。
こんなところで隠れているような輩だ。
自分が発見される危険性を考えたら、次の寝床へと移動するのも、そう不自然ではない。
「…………」
重要な資料などは持ち出しているようだが、余分なモノは置いていったようだ。
そんな中、ノートが床に落ちているのに気づいて、バッカスは手に取る。
「愚痴ばっかりだな。個人的な恨み言を綴ったノートの類か」
回収しそびれたのか、不要だと思って置いていったのか。
どちらであれ、見る価値はあまりなさそうだ――そう思いながらもバッカスはパラパラとめくる。
「……ユーカリが暮らすようになってから、地上に人が住みだしたようでムカつくと書いているな」
「勝手に住み着いてたのに?」
「まぁここを捨てて逃げてるぐらいだから、本来の持ち主ではないんだろうがな……」
ノートの持ち主は、ずいぶんと身勝手な思考回路の持ち主のようだ。
「ここを捨てる腹いせに新しい住民から金目のモノを家賃代わりに盗んでから逃げよう――とか書いてあるな」
「……やっぱりユーカリさんのお金を盗んだのは……」
「まぁそうなんだろうな」
証拠はないのだが、ノートに書かれた内容を信じるなら、そうなる。
「マジでこのノートの持ち主に盗まれたんだとしたら、ユーカリの金を取り返すのはちょいと絶望的か」
「そうね。どこの誰かわからない上に、隠れ方が上手そうだもの」
そうなると、ユーカリが変な裏社会の金貸しに目を付けられる前に、バッカスかクリスが、一時的な金の面倒を見てやるべきかもしれない。
二人がそんなことを思っていると――
「バ、バッカスさん! クリスさん!」
――地下の奥の方から、ユーカリが大きな声を上げて二人を呼ぶ。
「クリス」
「ええ」
バッカスは持っていた愚痴ノートを机の上に放り投げると、クリスとともに奥へと向かっていく。
「ユーカリ、どうした?」
「あの……あれ」
バッカスとクリスが奥へとたどり着き、ユーカリが指で示すモノを見る。
「なんなの……あれ?」
「人形、か?」
巨大な筒のような形状の椅子に、メイド姿の美しい少女が座っている。
「恐らくは、イスごと神具なんだろうな」
そう答えながらも、バッカスは何とも言えない顔で眉を
この世界に生まれ落ちてから初めて見るタイプの神具だ。
人形はともかく、あのイスは、むしろSFなどに出てきそうな見た目である。
シリンダーのような形状をしていることから、あの人形のメンテナンスの為のモノにも見えた。
(いやまてよ。あのメイド人形のメンテ用神具だとしたら、あの人形は――)
そこに思い至って、バッカスは重々しくうめく。
「二人とも下がれ。あの人形はまだ生きている神具だ。
俺も初めて見るが恐らくは
ゴーレムはこの世界にも存在している。
基本的には魔導技術で動く人形か、鉱物が意志を持って動く類の魔獣のどちらかを示す言葉だ。
「神具のゴーレム? 大丈夫なのそれ?」
「わからん……」
生きていたとしても、起動するかどうかは分からない。
それでも、警戒するに越したことはない。
「怪しい人がいるのかと思ったらなんか危ないのが地下にあるとか……」
ただでさえナメクジモードだったユーカリは、その瞳を虚ろにする。
見るからに格安の問題物件だった悪霊屋敷だが、彼女の想定するキャパを越えた問題を前に現実逃避しているのだろう。
「ねぇバッカス。あの筒の上の方。
ユーカリさんの持っている神具と同じ形してない?」
「確かに何かの紋章だろうが、そう見えるな」
クリスが示す先には、下向きの矢印に似た形状の紋章のような刻印がある。
「そういやユーカリ、姿隠しの神具ってどこで手に入れたんだ?」
「うちの座長によるとわたしを拾った時点でわたしが大切に握ってたらしいよ」
「それ、いつの話?」
「二才くらいだけど……それがどうかしたの?」
問い返されてバッカスは頭を掻く。
(計算は合うかもしれない……とか考えちまったが、確証はないしな)
それを口にするのをためらったバッカスは、誤魔化すように告げる。
「偶然だったみたいだが、どうも運命めいたモノを感じてな」
「確かにあの刻印はコレに似てるけど……」
バッカスの言いたいことを読みとって、ユーカリが胸元から隠蔽の神具を取り出して、イスの紋章と見比べる。
「特に何も起きないのか?」
自分で口にして起きながら何か腑に落ちない。
そこで、ハッと顔を上げた。
「なんであのメイド人形、無事なんだ?」
「どういうコト、バッカス?」
訝しむクリスに、バッカスは先ほどの愚痴ノートがある机を親指で示しつつ告げる。
「明らかに身勝手な研究者がここを
何の研究をしてたか知らないが、この人形やイスに手を着けてないのが気になる。
ノートの内容からして部品の一つ二つくらいははぎ取って行きそうな雰囲気だったろ?」
「確かに……」
神具であるが故に手がつけようもなかった可能性はゼロではない。
だが、あのノートから読みとれる人格を持つはぐれの研究者の類が、神具に手を出さない方が、可能性として低いだろう。
「もしかして、これ?」
ユーカリが自分の胸元の神具を示す。
それに、バッカスがうなずいた。
「だろうな。恐らくはこのイスの方にもそういう効果があるのかもしれん」
認識の阻害。あるいは誤認。
口には出さないが、バッカスはその効果が確実にあるだろうと判断している。
それを踏まえた上で、これをどうするか――バッカスがそれを考えている時、ユーカリがフラリと前へ出た。
「…………」
「ユーカリさん?」
クリスが呼びかけるが様子がおかしい。
「おい、ユーカリ?」
「いや……えっと、なんだろう。あそこに近づかないといけない気がする」
バッカスが肩に手を乗せると、ぼんやりとした顔でユーカリが振り向いた。
答えながらも、ユーカリの足は止まらない。
「認識の誤認? いや催眠や洗脳に近いモノかッ!?」
バッカスは即座に魔力帯を展開する。
(――どこにどんな魔術を向ければいい? 原因はどれだ? どれがどんな効果を持ってユーカリを引き寄せている?)
ターゲットを探そうとして、バッカスは自分の迂闊さに舌打ちする。
(違うッ、はじめからユーカリの足を止める魔術を使うべきだった!)
バッカスのためらいを感じ取ったクリスが、ユーカリを止めようと手を伸ばす。
だが、彼女らしくなく伸ばした手が見当違いの場所へ向かい、空を切った。
「あら? ユーカリさんの肩に触れない?」
「何言ってやがる。全然関係ないところに手を伸ばしてたろ」
「え? 嘘? ほんと?」
本気で不思議そうにしているクリスに、バッカスは胸中で大きな舌打ちをする。
恐らくクリスは、何らかの認識誤認の影響を受けているのだろう。
(あるいは俺もか。ユーカリを止めようとしたり、神具を壊したりしようとすると、無意識に何らかの影響を受けるんだ)
それなら、ここに住んでいた謎の研究者が神具に触れてない理由の説明になる。
どうあっても近づけなかったのか、あるいはそもそも存在しないモノとして誤認していたのか。
だが、今はそんな考察は後回しだ。
「バッカス! どうすればいいの!?
ユーカリさんに近づけない! あの神具にもッ!!」
「いや、端から見てるとクリスが勝手にユーカリや人形から遠ざかっているようにしか見えないんだが」
「え? え?」
「……恐らくは神具だ。俺たちの思考と認識、そして体の動きを狂わされている」
「それじゃあユーカリさんは? 急に姿が消えて……!」
「落ち着けクリス。落ち着いて俺の背後に来い。たぶん神具に近づこうとしなければ認識誤認の影響も薄まるはずだ」
「わ、わかったわ」
クリスは困惑した様子のままバッカスの背後まで下がってくる。
「ほんとだわ。ユーカリさんが見えた」
「だが、近づけない」
バッカスたちが手をこまねいている間に、ユーカリはメイド人形の側までたどり着く。
同時に、彼女の持っている神具とメイド人形が納まる筒型イスの上部に刻印された紋章が反応しあう。
すると、筒状のイスが重厚な駆動音を響かせながら、スチームのようなモノを噴出。
「ユーカリ!」
「ユーカリさん!?」
スチームに飲まれ姿が消えるユーカリの名を叫ぶが反応がない。
やがて、それが晴れてくると、イスに座っていたはずのメイド人形が立ち上がっていた。
そして、しばらくユーカリと向かい合っていたメイド人形は、ややして何かに気づいた様子を見せてから、ユーカリに向かってひざまずくと――
「お初にお目に掛かります。当代の主様。
どこの誰を殺すコトをお望みですか?
ご希望通りの相手と、その周辺にいる目に付いた人をまとめて殺戮してさしあげます」
――なにやら物騒な挨拶を口にした。
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