第二騎士隊と、燃えやすい芋の話 2
(若い……というより青い、か?)
声を掛けてきた騎士に抱いたバッカスの感想はそんなものだった。
短い髪に、真面目そうな顔。
イケメンといえばイケメンだが、やや暑苦しくも感じる造作だ。
正義感は強いが、一方でやや視野が狭そうにも思える。
以前一緒に仕事をしたニーオン少年が、成長し騎士になったらこんな感じかもしれない。
「た、助けてください騎士様ッ! この男がいきなり殴りかかっtkゅぐほあ……!?」
騎士に縋りだした店主の股間を、バッカスは容赦なく蹴り飛ばす。
「君は……ッ!」
表情が怒りに満ちていく若い騎士に、バッカスは告げる。
「事情も知らねぇで剣を向けてきた上に、事情も分からないまま怒りを露わにするのは感心しないぜ騎士様。
このバカは、この町に無許可でジャガ芋を大量に持ち込んだ。俺はその事情を聞いてたところなんだからな」
そして、今この騎士に縋ろうとしたことで、バッカスの中で店主は完全にクロになっていた。
今のところは証拠らしい証拠はないが、小物っぽいので心胆を寒からしめてやれば、勝手に吐くだろう。
「アンタは今、この町に火をつけるつもりかもしれない犯罪者を、事情も把握しないまま守り、取り締まってる側の俺を切り捨てようとしてるんだって自覚はあるかい?」
その言葉に、若い騎士はバッカスと店主の間に視線を巡らせ、やがて大きく息を吐いてから剣を納めた。
「先走ってしまったッ! 申し訳ないッ!」
そして謝罪するその声は大変デカかった。
だが、ちゃんと頭を下げることにバッカスは好感を覚える。
「ほう。ここで素直に剣を納めて真面目に話を聞いてくれるのか。
思ったよりも優秀な騎士様じゃないか。さすがはこの町に派遣されるだけのコトはある」
クソガキの部隊は最初から役立たずであることが前提で、目の前の騎士が属する部隊が派遣されてきているのだ。
相応の人格者と実力者が集まっているだろうというバッカスの予想は、そうハズレたものではなさそうだ。
「自分は、シュルク・ハメリ・コログリーク。
貴方の仰るとおり、王国中央より派遣されてきた討伐第二隊の隊長であります」
両足を揃え、拳を握った右手を胸元で水平にする騎士の礼を取りながら名乗るシュルク。
「隊長さんだったのか。ご丁寧にありがとさん。俺はバッカス。
お忍び好きのおたくンとこの上司さんとは飲み仲間でね。酒の席でおたくを報告する必要がなくなって安心したよ」
シュルクが思わず顔をしかめたのはどういう心境か。
ともあれ、バッカスとしては彼の心証は悪くない。
何ともなしに周囲を見回した時、ふとこちらを観察するような気配を感じ取った。
その気配がこちらを見ている理由を探るべく、バッカスは自然な調子でシュルクに訊ねる。
「ところで、おたくの副官は冷静で世話好きな人?」
「え? ああ。はい。副官のイスラデュカは熱くなりやすい自分を横で冷やしてくれる人物ですが、それが何か?」
「いや。派遣されたのがおたくらで良かったと思ってただけさ」
「はぁ……?」
首を傾げるように声を漏らすシュルク。
それを見て、周囲の緊張感はだいぶ霧散する。
同時に、バッカスも観測者の正体と思惑を理解して小さく息を吐いた。
「バッカス君。やっぱりこれ、ほとんどがジャガよジャガ。
アナタの腕輪に収納しちゃってくれないかしら。野ざらしは危なすぎるわ」
「了解」
逃げないように見張っておいてくれ――とシュルクに頼んで、バッカスは芋の山のところへと向かい、収納する。
「悪いんだけど、ギルドまで付き合ってね」
「あいよ」
だが、その前に――
「なぁ警邏の人。あのバカ。あとで五体満足で返すから、ちょいと借りていいか?」
「ダメっていっても持って行きますよね?」
「そりゃあな?」
頭を抱えてから許可をくれる警邏の現場責任者にお礼を告げて、バッカスは店主の頭を鷲掴んでから拘束魔術を解除すると、そのまま近くの路地裏へと連れ込むのだった。
路地裏から、閃光や煙、冷気や熱線が時々漏れ出している。あと店主の悲鳴も。
その悲鳴も徐々に小さくなっていっているのを感じながら、野次馬たちはそこで何が行われているのか考えるのことを放棄した。
ややして、五体は間違いなく満足ながら、衣服はボロ雑巾となり虚ろな目をした店主を連れてバッカスが戻ってくる。
店主が心なしかやつれて見えるのは、錯覚ではないだろう。
「こいつを受け取ってくれ」
戻ってきたバッカスは店主を警邏に引き渡し、現場責任者にメモを手渡す。
内容は店主が吐いた芋の仕入先やその他諸々だ。
「ここから先はアンタらの仕事だ。しっかり頼むぜ」
メモを受け取り、中に書かれた店主の供述内容を把握した現場責任者は真面目な顔をしてうなずく。
……が、真面目な顔は一瞬で崩れて困った顔となる。
「ご協力……ご協力? 感謝します」
「何でそこで疑問符が付くんだよ」
バッカスが不満げに口を尖らせると、ムーリーが苦笑した。
「バッカス君は、一般の方々がドン引きするような行動をしてるって自覚した方がいいわよ?」
「えー」
ともあれ、ジャガ芋の件はこれで決着だろう。
「それじゃあギルドの報告に付き合ってね」
「はいはい」
ムーリーの言葉にバッカスがうなずき、二人が動き出す。
そこへ――
「失礼。少々よろしいでしょうか?」
騎士の制服を来た長髪の若い男が声を掛けてくる。
クールな雰囲気と、怜悧な眼差しをしたいかにもな人物だ。
「あら? どちら様かしら?」
「お。ようやく姿を見せたな」
首を傾げるムーリーとは逆に、バッカスは誰だか分かった上で笑いかけた。
「やはりお気づきでしたか」
「イスラデュカ? お前もここに来てたのか?」
驚くシュルクに、バッカスは笑う。
「来てたも何も、おたくの後を着けてたんだと思うぜ」
「はい。バッカス殿の言う通りです」
「気づかなかった……」
驚いているシュルクを横目に、イスラデュカが背筋を正して名乗る。
「改めてまして、討伐第二隊の副長を勤めさせて頂いております、イスラデュカ・ナッツ・ラスキャウェイと申します。
先ほどは、ウチの脳筋隊長が大変な失礼を」
「気にするな。大事が起きなかったんだからそれでいい。な?」
「そうね。相手が悪人とはいえ、バッカス君が悪い顔して脅してたのが悪いんだし」
「そこで俺のせいにしてくるのかよ、ムーリー」
「まるっとアナタのせいだと思うんだけど?」
ジトっとした眼差しをムーリーから向けられて、バッカスは困ったように肩を竦める。
「ま、そんなワケであんま気にしないでくれ。
それより、イスラデュカだったか? おたくは俺たちに何の用だ?」
「隊長のコトを謝罪したかっただけです。特に用はないのですよ」
「暇なの?」
イスラデュカの言葉に、ムーリーが思わず聞き返すと、彼は小さくうなずいた。続けてシュルクもうなずく。
「実際、暇です。領主様から討伐の仕事は明日から開始するから、今日は一日自由にしろと言われておりまして」
「あらま。来てすぐどうこうってワケじゃないのね」
ムーリーは不思議に思っているようだが、バッカスは領主コーカスが何をしたいのかだいたい予想ができた。
「そういうコトか。
不真面目な奴にとっちゃ暇は嬉しくても、真面目な奴らからすると暇を持て余しちまうってワケか」
「ほう……バッカス殿は色々とお詳しそうだ」
含みを持たせたバッカスの言葉にイスラデュカがすぐに反応する。
だが、シュルクの反応が悪いことからして――
「大変だな。そういう意味でのお目付け役でもあるのか」
「気にせず自由にさせておくつもりだったのですが……先ほどの様子を見るに、正解だったかなと思っております」
「悪くない判断だと思うぜ」
「……隊長のはずの自分が完全に敷地の外の扱いになってないか……?」
シュルクが、第一隊の連中とケンカするようなことが起きると面倒くさいので、何があっても良いようにイスラデュカが様子を見ていたのだろう。
「よし。おたくらも暇なら料理ギルドに付き合ってくれ」
「え? バッカス君、正気?」
「どっちにしろ爆弾芋の処理が必要だろ?
こんなの大量にあっても困るだけだろうし。ちょっと思いついたコトがあるんだよ」
バッカスの言葉にムーリーは少し思案してうなずいた。
「まぁ、シュルクさんとイスラデュカさんが良いなら、アタシは構わないわ」
「どうせ暇なんだろ?
隊長と副隊長が一緒に散歩してても不自然のない理由を作ってやろうと思ってな」
ムーリーとバッカスの言葉に、二人は顔を見合わせる。
「まぁ実際、暇ではありますが……」
「ふむ。悪くありませんね。
バッカス殿とは今後ともお付き合いしていきたいので、是非ともお話をしたいところでしたので」
「決まりだな。じゃあ、ちょいと付き合ってくれ」
そうして、バッカスとムーリーはシュルクとイスラデュカを連れて、料理ギルドへと向かうのだった。
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