厄介ごとの、ミルフィーユ 6


 サンタスが鍋をのぞき込むと、鍋に半量程度の酒しか入ってなかったはずなのに、なみなみとスープが出来ている。


「どういうコトだ、これは……」

白菜アップンと肉から出た水分が、酒と混ざってスープになったのさ」


 不思議そうにしているサンタスに答えながら、バッカスは鍋を軽くかき混ぜる。

 それからやや底の深い皿に肉と野菜をよそい、スープを注いだ。


「ほれ」

「お、おう」


 料理の入った皿を受け取りながら、イマイチ納得の出来てない様子で首を傾げているサンタス。

 それを笑いながら、ムーリーも料理が盛られた皿を受け取る。


「食材が持つ水分を利用してスープにしちゃうなんて。面白いコトするわね」

「知ってるか? 大量のトマト似の野菜オタモーツがあれば水を一滴も使わずにスープやシチューを作れるぞ」

「……あとで詳しく聞けるかしら?」

「もちろん」


 明らかに獲物を狩る目になるムーリーに、バッカスはシニカルな笑みを浮かべてうなずく。


 それから、残るライルたちにも料理をよそい、自分の分も準備したところで、全員に行き渡った。


「まずはなにも付けずに食べてくれ。

 そんで、物足りないなと思ったら、コイツだな」


 バッカスが取り出したのはポン酢に似た調味液だ。

 当然、この世界にそんなものがないので、バッカスの自作である。


柑橘系ニラダナムの酸味と魚醤の独特の塩気を合わせた奴で、この料理によく合う。味が濃いから掛けるなら少量な」


 そうして、ポン酢の説明をしたところで、それぞれに食の子神に祈って肉と白菜アップンのミルフィーユに手をつけはじめた。




 サンタスはスプーンでスープをすくい、口に運ぶ。


「おお!」


 肉と、恐らくは白菜アップンの甘み。そこに神皇酒の風味と程良い塩気を感じる。


 旨い。


 難しい行程など一切なく、材料と酒、塩を入れて煮込んだだけなのに、これほどのスープが出来るとはサンタスも思っていなかった。


 スプーンで肉と白菜アップンに触れる。

 どちらも柔らかく煮込まれていて、スプーンで容易に切れた。


「おおおおお!」


 白菜アップンの柔らかい部分はとろけるような口触り。

 芯に近い部分は柔らかくも、シャクシャクした歯ごたえが残っている。

 肉も柔らかい。噛まずとも口の中で繊維がほどけ、脂が溶けていくかのようだ。


 そして、どれもがしっかりと味がする。

 スープを存分に吸い、柔らかくなりながらも、本来の味わいを失ってはいない。

 むしろ、スープの味と相まってより濃くなっているようだ。


 あっさりとしていながらも、その強い旨みのせいか、味付けの濃い料理を口にしたかのような満足感がある。


「なるほど……これは、エールが欲しくなる」


 旨みと熱に満ちた口の中に、冷たいエールを流し込みたい。

 確かにこれは、酒にモテる料理だ。


 エール以外の酒でも、美味しく頂けそうである。


(そういえば、タレがあったな)


 少し掛けてみるか――と、サンタスはポン酢へと手を伸ばした。




 ムーリーは一口食べて、大きく目を見開いた。


 作業工程は見ていた。

 別段、変わったこともしていない。それどころか必要最低限のことしかしていないように見えた。


(なのに――お肉と白菜アップンの美味しさが凝縮されたようなスープになるなんて……!)


 火に掛けたあとは様子を見ることすらしていなかったのに、出来上がってみれば、完璧な仕上がりとさえ思えてくる。


「バッカス君。これ、使うわね」

「おう。まずは数滴、肉か白菜アップンに掛けて食べてみてくれ。スープに溶くのはその後にした方がいいぞ」

「わかったわ」


 言われた通り黒い雫を少しだけ垂らしてから、白菜アップンを口に運ぶ。


 爽やかながら鮮烈な酸味と、奥深い塩気が加わって別物になかったかのようだ。


「これ、エールもいいけど、神皇酒を合わせたい味ね!」


 確かに濃い味だ。だが、スープに溶かしてみたくなる味でもある。今まで以上にお酒が欲しくなってきた。


「熱燗って分かるか? 寒い冬にな、神皇酒を温めた奴と一緒にやると最高だぞ」

「聞いているだけで体が温まりそうな話!」

「熱燗とやらを楽しむときは是非呼んでくれ」


 バッカスとムーリーのやりとりに、酒と聞いて反応したサンタスが加わってくる。

 そのまま、神皇酒の楽しみ方の話で盛り上がる。


 それを見ながら、ロックたちもそれぞれにスープに舌鼓を打っていた。


「話に混ざらなくてもいいのか?」

「関わっても面倒そうだしな」

「わかる」

「酒一つ料理一つですげぇよな、あいつら」


 面倒なコダワリのある奴らは大変だ――なんてことを考えながら、アイクは密かにおかわりを自分でよそう。


 それに釣られるように、酒の話が途切れたところでサンタスもおかわりをする為に鍋に向かった。


 酒の話題に代わり、ムーリーはバッカスに料理の話を向ける。


「それにしても、バッカス君……ここまでくると単なる趣味なんて言えないわね」

「そうか? 割と趣味でやってるだけのつもりなんだがな……」

「料理ギルドでふんぞり返ってる人たちが卒倒しそうな発言ね」

「なんだ……料理ギルドにもそういう奴いるのか」

「魔導具ギルドよりはずっとマシだけどね」

「そりゃあ天国のようなギルドだな」


 バッカスとムーリーのやりとりを聞いていた他の面々の中に疑問が湧く。


(魔導具ギルド……どんだけ、やばいんだ……?)


 逆に、その辺りの実状を知っているライルは、苦笑した。


「バッカス。料理ギルドを魔導具ギルドと比べてやるな。さすがに失礼だぞ。

 料理ギルドの連中は、料理人として自分の腕前に対する矜持が高いだけだ。事務仕事や商売なんかにもちゃんと理解はある。

 偉そうでウザいと感じるコトも多々あるが、話はちゃんと出来る」

「冬にしか取れない素材を今すぐ欲しいからって夏に依頼したりは?」

「それをするのは魔導具ギルドだけだ。他のギルドでそういうコトをするやつはいないな。してもちゃんと報酬に色を付ける分別はある」


 バッカスの疑問に、苦笑を深めて答えるライル。

 ロックたちの中にますます魔導具ギルドへ対する疑問が湧き上がっていく。


「バッカスさんとムーリーさんは、魔剣作るんだろ? 魔導具ギルドに所属してないのかい?」


 イスキィの疑問に、バッカスとムーリーは顔を見合わせた。


「俺はハナから所属してない。商品登録や利権関係は、自分で直接商業ギルドと交渉できるしな。既得権益絡みで嫌がらせされても、自衛できるし、反撃も出来る」

「アタシは駆け出しの頃に利用するだけして、独り立ち出来る頃にはとっとと抜けたわ。

 バッカス君同様、必要な登録は自分で商業ギルドに掛け合えるし。トラブルもだいたい自分でなんとかなるしねぇ……。

 それに、調理に関するコトなら料理ギルドがしてくれるもの。調理に関する魔導具登録も、料理ギルドが手を貸してくれるし」

「魔導具職人としてのコイツらは異端だから参考にするなよ」


 ライルのフォローにもならないフォローに、ロックたちの眉間の皺はますます深くなった。


 そんな彼らを見ながら、バッカスはスープを一口啜ってから告げる。


「魔導工学とそれに伴う新しい魔導具、新技術による文化の発展。

 今の時代はまさにその過度期……の入り口かな。あるいはこの世の春。魔導工学に関わる職人にとっては天国のような時代の走りでもある

 俺やムーリーのような孤高職人でもなきゃ、引く手は数多あまたさ」


 バッカスの言葉を、ムーリーが引き継ぐ。


「当然、業界的な利益は大きいわ。

 何でも屋ギルドと違って職人系のギルドは、年会費とかあるしね。

 それに、ギルドを通した依頼だと、報酬から手数料を引かれる。

 大量の職人が必要とされ、大量の職人が依頼を受ける。ギルドの利益はいかほどだと思う?

 そうでなくとも新技術はお金になるし、新しい発想の考案者となって有名になれば、簡単に貴族のパトロンを得られる。今はそういう時代なのよ」


 そこまで聞いて、ロックたちはやはり首を傾げる。

 それだけ美味しい時代に、何故バッカスやムーリーが孤高を貫いているのだろうか、と。


 彼らの様子を見て疑問に気づいたのだろう。

 ライルが補足するように口を開いた。


「だから、新技術や新発想を登録する新人の手柄をギルドの上層部は自分のモノにしようとする。

 ついでにそっちに躍起になってるせいで、交渉や金勘定が苦手な職人の代わりに、商業ギルドや貴族と交渉したり事務処理を肩代わりするという、本来のギルドの役割を放棄してるんだよ。

 新商品の商業ギルドへの登録の代行を依頼しにきた職人に、登録してやるから第一発案者の名前に自分を入れろ……とか、開発者への利益が発生するたびに半分よこせ……とか、ギルドの受付から上層部まで、みんなやってくるんだ。

 バッカスやムーリーだけじゃなく、一部の魔導具職人たちからギルドが嫌われているのはそういう理由さ」


 この世の春を謳歌している自分たちこそが、世界の中心であり主役であると勘違いしている連中ばかりが、魔導具ギルドに溢れている。


「連中のせいで、大型輸送魔導馬車計画が頓挫しかかってるっていうから笑えるけどな」


 バッカスが思わずそんなことを口にすると、ムーリーが目をしばたたく。


 それは言ってしまえば、ヤーザカイ王国を一周する鉄道の開発計画だ。

 バッカスが提案したわけではなく、魔導工学発展にあたって、そういう鉄道計画が浮上したのである。


 計画にあたって悪友から相談を受けたバッカスが、多少のアドバイスをしたのもまた事実ではあるが。


「でもあれ、王家主導でしょ? 宮廷魔術士や宮廷勤めの魔導具職人が陣頭指揮執ってるんじゃないの?」

「それでも人手は必要だしな。魔導具ギルドに人員を頼ってるんだが、人件費をふっかけてくるんだとさ。しかも値段の割には低レベルの職人しか来ないから、王家は頭を抱えてるって話だぜ」

「信じられない。考えようによっては国家への反逆意図として取られても不思議じゃないじゃないの」


 ムーリーは驚いているが、ライルはそうでもないようだ。

 

「実際、無意識に反逆の意図があるんじゃないのかね。国の最先端技術を担う自分たちこそが、王家よりも偉い、真の国の支配者だ……的な、よ」


 皿に口を付けて残ったスープを飲み干してから、ライルは肩を竦める。


「おかわりあるか?」

「自分でよそいな」

「おう」

「ロックたちは勝手におかわりしてるぜ」

「マジかよ」


 バッカスたちのやりとりを見ながら、ロックたちはスープを啜る。


「おれたちって、本当になにも知らないんだなぁ……」

「ロック。知ったところで面倒なだけの話だ。深く関わる必要はない。面倒が増えるだけだぞ」

「だけどこういうの知ってた方が女の子にモテるって話なんだよな。とはいえなかなかに手強いよなぁ」

「難しい話より酒が欲しい」


 なにはともあれ、バッカスの作った豚と白菜のミルフィーユ鍋は大好評のうちに、底が尽きるのだった。


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