腹が満ちれば、思いも変わる 4

本日更新2話目٩( 'ω' )و


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 彼女はよほど空腹だったのだろう。

 一心不乱にお粥を食べてる気配を感じながら、バッカスは自分用に作った濃いめの味のお粥を啜る。


「お、良い感じに中華粥っぽい風味にできたな」


 その味に満面の笑みを浮かべたバッカスは、油で揚げたダエルブ――前世のフランスパンに近いもので、この世界での主食だ――をちぎって、中華粥にくぐらせて口に運ぶ。


「うんうん。これこれ」


 二百年くらい前までのダエルブは非常に堅かったらしい。

 だが、そんな時代にいたとある女性――歴史にその名を残す有名な何でも屋ショルディナーだ――が若い頃、ブドウに似た果物エニーブや、いわゆる柑橘系ニラダナムの果物などから酵母を作り出し、今の柔らかなダエルブの礎を築いたと言われている。


 現代を生きるバッカスとしては、その発明をした何でも屋ショルディナーさまさまだ。ついつい祈りたくなってしまう。


 食の子女神の化身とまで謳われるほどの美食家だったとかで、自身が納得する味を作り出す為に、食材を探し出すだけに飽きたらず、自らも鍋を振るうことがあったというエピソードには、親近感すら覚える。


 余力があるなら自分も食材探しの旅と未知なる食材の料理とかしてみたい。

 問題は、バッカスの中に冒険に出るなんて面倒なことはしたくないという感情があることか。


 ともあれ――


「あとはザーサイが欲しいところなんだが」


 生憎と自分の知識に作り方が存在しないのが口惜しい。

 だが、塩は容易に手に入るのだから、浅漬け程度のものなら作れるだろう。代用くらいはできるかもしれない。


 あるいは、香辛料などを組み合わせた調味液を作って高菜のようなものも漬けるというのもアリか。


(今度試してみるか)


 思考をしながらもスプーンは止めずにいると、いつの間にやら器の中は空になっていた。


「ふー……ごちそうさまでしたっと」


 ひとしきり――朝食なんだか昼食なんだか分からない微妙な時間の――食事を終えると、バッカスは寝室へと視線を向けた。


 そろそろ向こうも食べ追った頃だろうか。


(あいつはノーミヤチョーク卿の長女……クリスティアーナだっけか? たぶん間違いないよな?

 王都に住んでた頃、米料理の店でちょいちょい見かけた姿と一致する)


 扉を見ながら、ぼんやりと思案する。


 ノーミヤチョーク家の邸宅は王都のはずだ。

 この領地に別荘があるという話も聞いたことがない。


「ドントルドのおっさんとこのガキと婚約を結んだとかって話は、おっさん自身から聞いた覚えがあるっちゃあるが……うーむ……」


 独りごちながら、首を傾げてうめく。


 自分の知っている情報を引っ張り出してきても、どうして彼女が工房前で倒れていたのかがそれぞれの情報に結びつかない。


「確か、ここの領主とノーミヤチョーク家って親類なんだっけか?」


 曖昧な情報だがそうであれば連絡先は領主だろう。

 そうでなくとも、バッカスがこの町で安心して彼女を預けられる貴族と言うと、領主しかいないのだが。


 何であれ、だいぶ弱っていたし、熱もある。

 まずは可能な限りの手当を施した上で、連絡するべきだろう。


「あ、本人からどこへ連絡すればいいか聞けばいいのか」


 バッカスは立ち上がると、自分の使っていた食器を片づけから、寝室のドアをノックする。


「入るぞー」

「ああ」


 返事が来るのを待ってからドアを開ける。


「綺麗に食べてるじゃないか。ありがとな」

「ごちそうさま。良い味だった」

「お粗末様でした。そう言ってもらえると作り手の冥利に尽きるな」


 空になった鍋の中に、お椀やスプーンなどを入れながら、笑顔を向ける。


 これは本音だ。


 自分で食べるのではなく、誰かに食べて貰う時に、食べてくれた相手からこう言われることをバッカスは嬉しく思う。


「ふわ……っと、失礼」

「気にするな。身体がだいぶ弱ってたようだし、疲れも溜まってるように見える。そこへ、久々のまともな栄養が身体を巡ってるんだ。眠くもなる」


 思わず出てしまったと思われるあくびに対して、あわてた様子を見せる彼女にバッカスはそう告げる。


 それから、失礼――と一言添えてから、彼女の額に自分の手を当てた。


「あ、な……」


 熱とは違う理由で赤面する彼女の様子を無視して、バッカスは自分の手から感じる彼女の熱を読みとる。


「少し高めだが……まぁそう悪い熱でもなさそうか。

 一番は疲労だな。そこに冷たい雨に打たれ続けたワケだし」


 口をパクパクさせていた彼女だったが、極めて冷静な様子のバッカスに、どうやら落ち着きを取り戻してきたようだ。


 だが、バッカスはある意味で容赦なかった。


「さらに失礼するぞ」


 そう言うと、今度は額に当てていた手を首筋にあてる。


「……ッ!?」


 冷静になりかけていた頭の中が、再び沸騰するように熱を帯びる。

 しかし、やはりバッカスは冷静な態度を崩さなかった。


「ふむ。首回りに腫れの気配もない。

 身体の調子はどうだ? 特に肘や膝といった関節に痛みとかはあるか?」


 手を離して真顔で問うバッカスに、彼女は少々慌てた様子で、軽く身体を動かしてみせる。


「大丈夫、だと思う」

「そうか。頭痛とかはどうだ?」

「それも平気だ」

「うし。なら、もう一眠りしとけ。

 栄養が補給された身体が休みを欲してるだろうからな」

「まるで医者のようなコトを言うのだな」

「多少の心得はあるからな」

「そんな男に助けて貰えたというのは幸運だったのかもしれないな」

「そう思うんだったら、大人しく寝ておけって」


 最後に本心を口にする彼女に、バッカスは苦笑するように枕を示す。


「お言葉に甘えさせてもらおう」

「そうしろそうしろ」


 彼女にうなずいてから、バッカスは思い出したような素振りで訊ねる。


「そういや、誰に連絡すりゃいいんだ?

 特に問題ないようなら、領主にでも連絡するが……」

「それで構わない。

 今は……私は今――叔父であるこの地の領主コーカス・シータ・ミガイノーヤ卿の世話になっているからな」

「分かった。連絡しておくよ」


 バッカスはそれを聞いて一つうなずくと、静かに扉をしめるのだった。


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 準備が出来次第、もう1話アップします٩( 'ω' )و

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