空腹はスパイスと言うけれど限度がある 3


 本日3話目٩( 'ω' )و


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 エメダーマの森。中腹。


「地図と依頼書から思うに、遭遇場所はこの辺りのはずなんだが」


 バッカスは独りごちながらしゃがみ込んで、地面を調べる。

 軽く草をどかして見れば、影には大きな足跡がある。


「なるほど。勘違いでもなく、マジみたいだな」


 バッカスのどこかぼんやりとしていた眼差しが、鋭く細まった。

 足跡を視線で追いかけていくと、敢えて草の多い場所を移動しているように見える。


 餓鬼喰い鼠パンディック・タロは非常に狡猾で、臆病だ。

 だから、可能な限り足跡を隠そうとするし、姿を隠しやすい夜に行動することが多い。


 さらに言えば、その名前の通り自分が勝てる――一口で頬袋にしまい込める相手しか襲わない。

 そして、捕らえた獲物は巣へと持ち帰り、時間を置いてから食べる。正しくは空腹ギリギリまで食べないという習性を持つ。


「急げば間に合う……だったら良いんだが」


 小さく嘆息しながら、バッカスは立ち上がる。

 それから、振り返って背後の茂みを睨みながら告げた。


「帰れ。余計な餌はいらん」


 しばらく茂みを睨んでいたが、そこにいるだろう存在が動く気配はない。

 多少なりとも、こういう時の心得はあるようだが――


「警告はした。お前が誘拐パンドされても俺は助けない。ついてくるつもりなら覚悟はしておけ。

 もっと言うなら、迂闊なことされて、餓鬼喰い鼠パンディック・タロの警戒が強くなられると厄介だ。お前の存在は邪魔でしかない。とっとと帰れ」


 恐らくは友達を餓鬼喰い鼠パンディック・タロに誘拐されたという少女だろう。

 ライルの話を聞く限り、餓鬼喰い鼠パンディック・タロの出現、友人の誘拐の状況から、及第点の行動をとったそうだ。


 実際、バッカスも彼女の行動は評価に値すると思っている。

 また友達と採取をしていた――ということから、魔術学校に通う魔術士見習いといったところなのだろう。

 自分の能力を過信しすぎることなく、見たことのないだろう魔獣相手に冷静な判断をとってみせた。


 とはいえ、やはり友達が心配なのだろう。

 気持ちは分かるが、餓鬼喰い鼠パンディック・タロの警戒が強まると、痕跡を探し出すのが困難になる。

 そうなれば、餓鬼喰い鼠パンディック・タロに誘拐された友達の生存率が著しく落ちるのだ。


自惚うぬぼれやおごりは肝心なものを見れなくする。それが理解できないワケじゃないと思うが――分からなかったのであれば、そこは俺の評価ミスかもな」


 わざと聞こえるような声で独りごちてから、バッカスは動きだす。

 ここまで言って後を付けてくるようならば知ったことではない。


「さて、とっとと片づけて帰りますかね。

 俺が餓鬼喰い鼠パンディック・タロならもう獲物に食いついている頃合いだしな」


 足跡を追いかけながら、自分の腹を撫でてバッカスはうめく。

 昼まで寝ていた上に、何も口に入れる間もなく外に出てきたのだ。


「水筒の果実水くらいじゃ、腹の足しにならんなぁ……」


 この空腹を満たすのに必要なのは水分ではない。

 脂だ。味の濃い料理だ。肉がいい。その肉の脂で炒めた野菜もあるともっといい。そいつを食らって酒で流し込みたい。


「いかん、考えたら腹が減ってきた……」


 背後からは気配が付いてきている。

 面倒くさいが、何かあった時はあれを守ってやった方がいいだろう。




 自分を追ってくる少女の気配を注意深く探りつつ、餓鬼喰い鼠パンディック・タロの痕跡も注意深く追いかけていく。


 正直、神経のすり減る作業だがやってやれないことはない。


(仕事が終われば肉と酒。仕事が終われば肉と酒)


 そう。こうやって自己暗示をかけることで、まるでこの仕事が素晴らしいものに感じてくるという寸法だ。


 ややして、バッカスは動きを止める。

 ここへ来て、やたらと足跡が増えた。

 これは餓鬼喰い鼠パンディック・タロが、自らの巣を隠すためにやっていることだ。


 逆に言うと、この近くに巣穴がある可能性が高い。


餓鬼喰い鼠パンディック・タロの巣穴――か。

 この辺りで、あいつらが巣にしそうなのは、森の壁くらいか)


 この森は途中で巨大な段差が待ち受けている。

 三メートルの高さはあろう垂直の壁の上に、また森が広がっているのだ。その森を進むとまた三メートルほどの壁があり、その壁の上に森が……という風に段々になっている。


 どうしてそういう形なのかは判明していないが、ともかく――その崖のことを、近隣の住民たちは森の壁と呼んでいた。


(あの鼠じゃあ、森の壁は登れない。なら、巣穴の場所は一番下、一枚目の壁)


 壁が見える場所まで来てから、バッカスはそこで立ち止まり、様子を伺う。


(壁は横にも広い。壁沿いに進んでいけば餓鬼喰い鼠パンディック・タロに警戒されるだろうからな……)


 未だについてきている少女の気配に、余計なマネはしませんように――と胸中で祈り、ゆっくりと壁に平行して動く。


(見つけた)


 見慣れない穴が、森の壁に空いている。

 目算で天井がバッカスと同じくらいの高さに見えた。


(おいおい。

 あのサイズの巣穴を作るって、餓鬼どころか大人も余裕で誘拐できそうじゃないか……)


 そんなサイズの餓鬼喰い鼠パンディック・タロが大人の人間を恐れなくなってしまった場合、近隣にどれだけの被害がでるかがわからない。


 青い魔宝石のついた魔剣に手を添えながら、バッカスは巣穴を睨む。

 多少音を立てれば、巣穴から顔をだすハズだ。


 だがそこに人間の声が混ざれば警戒する。

 魔術は原則的に呪文を口にしなければ発動しない。それを考えると、魔術を使うのはこの場にそぐわない。


 だからこそ、この魔剣の出番だ。

 水を吐き出す魔剣として作ったのだが、想定よりも出力が高すぎた失敗作だ。それでも魔宝石に与える魔力カラーを繊細に調整すれば、今欲しい量の水くらいはでる。


 魔剣を抜き放ち、左手で青い魔宝石に触れる。

 刀身が青い光を纏うのを確認してから、バッカスは巣穴に向かって剣を横一文字に振るった。


 すると、バケツを横に振るった時のような放射状で、大量の水が噴射される。

 びっしゃーという派手な音を立てて、地面にまき散らされると、その部分だけ局地的な大雨でも降ったのではないかと思うほど水浸しとなった。


 その音を聞いて、案の定餓鬼喰い鼠パンディック・タロが巣穴から顔を出した。


 それは、地球で言うところのジャンガリアンハムスターによく似た魔獣だ。もっとも、そのサイズは人間を余裕で頬袋にしまえるほど巨大であるが。


 そしてサイズ以上にハムスターと違うのは、その顔が凶悪で、まったくもって可愛くないところだろう。

 とはいえ、あの毛並みのモフモフ感は、うずもれてみたくはある。


(完全に身体が外に出てきたら勝負だな……)


 様子を見ながら、バッカスは赤の魔力カラーを練り上げる。

 そして周辺に漂う魔力カラーと、自分の練り上げた魔力カラーを結びつけて、一つの帯のように織り上げていく。


 常人の目には見えないその魔力帯キャンバスに、魔術士にしか認識できない術式と、それを行使するに必要な神の名前、そしてその神への祈りを、思念とイメージで書き上げていく。


 術式を書き上げた魔力帯キャンバスで、巣穴周辺を囲むと、あとはいつでも発動の為の呪文を口にできるように準備する。


 ややして、身体を完全に外へと出した餓鬼喰い鼠パンディック・タロが、後ろ足だけで立ち上がり、鼻をヒクヒクさせながら周囲を見渡しはじめた。


(余裕で二メートル越えしてやがるな、全長……)


 想定以上の大きさに若干ビビりつつ、バッカスは覚悟を決めて茂みから飛び出す。


氷銀ひょうぎんの魚よ、雪山ゆきやまを泳げッ!」


 そのまま魔力帯に織り込んだ魔力カラーを起動させる。

 そして、周囲の事象を一時的に書き換える為、発動の弾鉄ひきがねとなる呪文を叫ぶのだった。


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 次話の準備が出来次第、続けて投稿します٩( 'ω' )و

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