人生最良の日
斎庭あかり
人生最良の日
今日は人生最良の日らしい。先日飲み屋で意気投合した怪しい占い師に占って貰ったところによると、だ。
というわけで密かに今日が来るのを楽しみにしていたのだが、――いや、信じていませんよ? 信じてませんけど、こういうのは楽しんだ者勝ちでしょ。
ところが、今朝はテレビをつけると、お気に入りのお天気お姉さんが体調不良で休みだった。ややがっかりしながら家を出、バス停まで歩いて行く途中で犬の糞を踏んづけた。思わずすり足で歩いていると近所の小母さんに怒られた。それでバスに乗り遅れたが、早めに出ているので問題ないはずだった。次のバスが大幅に遅延していなければな!
電車の時間に間に合いそうもなく途中で降りて走った。息を切らして乗った電車が人身事故で止まった。
会社に着けば担当の取引先のトラブルで課長に大目玉を食らった。
散々な午前を終えて食堂に行くと店員に忘れられていつまでも来なかった。
とどめが今だ。散々な一日だった。何が人生最良の日だ。などと考えながら休憩室の自販機でコーヒーのボタンを押したはずだったのだが、出てきたたのは実にあやしげなお茶だった。茶飲料なのに餃子味と書いてある。誰が飲むんだよこんなの。
最悪というにはスケールが小さい不幸ばかりなのもまた忌々しい。
その時、廊下をかけてくる人影があった。同じ課のオタク女子の北村じゃないか。
「あああああ…」
自販機にすがりついて崩れ落ちる。
「どうしたんだ?」
「あ、せんぱ…先輩!? それ、なんで持ってるんです!」
指さした先にあるのは俺の怪しいお茶だ。
どうやら最後の一缶だったらしく自販機のボタンの表示は売り切れになっている。
「推しコラボの貴重なお茶なんですよ。売れなさすぎて一瞬で終売したけど会社の自販にあって、同士に送るって約束…うう…」
こんなの欲しがる奴いるのか…。
プチ不幸がほんのり幸運に変わったような変わらないような。
ポンと北村に缶を放り投げ、やるよ、というと北村の顔がぱあっと輝いた。心から嬉しそうにされる。なんだか照れてしまう。
「今度一緒にこのコラボの舞台見に行きませんか? 人生変わりますよー」
「へえ。まあ、いいけど」
自慢じゃないが誘われて断ったことはない。「ほんとに? 約束ですよ」
じゃあ、と上機嫌で手を振りながら戻る北村を見送りながら、ぼんやりと予感する。
俺、この娘と付き合うんじゃないかな…。
もしかしたらそのまま……。
ふいに浮かんだ未来の姿に首を振る。
「人生最良の日か…。まさかね…」
人生最良の日 斎庭あかり @manai-k
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます