♰Chapter 19:異端審問の間

「まさか八神君から呼び出されるとは思わなかったよ。それも早速『EA』を使って繋いでくるとはね。私も色々とこなすべき雑務があって、だからこそ東雲君に直接指令の伝達を任せたのだが」

「それは悪いと思っています。ですがこれは〔幻影〕にとっても”夜の幻想”作戦における成否を分ける情報になります。なので直接会って言葉にして伝える必要があると判断しました」


『盟主』は水瀬の顔を確認するが彼女にもまだ何も伝えていない。

十分な態勢が整っていないうちに先に伝えて直接本人に詰め寄られでもすれば逃亡の可能性を許してしまう。


現段階におけるオレの〔幻影〕内での信頼は極めて低い。

所属したばかりで誰とも確固たる関係を築けていない。

それでも説得力のある話をするべく予想の裏付けとなる証拠を集めていたのだ。


「君の話を聞こう」


『盟主』は一蹴することはせず、話を聞く姿勢を見せる。


こちらとしても長々と話を引き延ばすつもりはない。

だから結論から端的に切り出した。


「結論から言えば伊波遥斗が情報漏洩を引き起こした犯人です」

「ちょっと待って! 八神くんが人より優れた部分を持つことは知っているわ! でも流石に――伊波くんがそんなことをするわけはない!」


『盟主』より先に口を挟んだ水瀬の反発はもっともなものだ。

オレが仮加入する以前から彼女を慕っていた――心のなかではどう思っているのか知らないが――のだから気持ちは分からなくもない。

だが思い込みほど怖いものはそう多くない。


オレの言葉に彼女が瞠目する一方で、『盟主』の視線の鋭さが増す。

一組織のリーダーとして公平に話を聞こうとする姿勢がそこに見える。


「ほう。それはどういうことかね?」

「まず魔法テロ組織〔約定〕に潜伏させていた諜報員らが抹殺されたと『盟主』が言っていたことは記憶に新しいですね。つまり、複数の刺客が同時期に始末されたことになります。考えられる可能性を挙げるとすれば?」

「同時にミスを犯した――とは考えにくい。となると内通者がいる可能性に行きつくというわけだ。だがしかし仮に内通者がいたとして伊波君と指摘するのはなぜかね?」


オレは『盟主』に数日前に見させてもらったホログラムを展開するように促す。

幸いにしてオレの持つ小型デバイスとの交信に対応している。


「そこに送ったデータを見てください」


『盟主』はすぐにデータをロードすると幾つかの情報が表示される。


「まず一つ、『盟主』は四日前の昼頃に伊波と定期報告以外で交信したことがありますか?」

「いやその時間帯に彼からの報告は確認されていない」

「実はオレと彼女はその日の午前中から昼頃まで水魔法の修練をしていました。その時に彼にも手解きを受けました」

「水瀬君、今の八神くんの言葉は本当かい?」


水瀬は刻々と悪くなりつつある伊波の状況を感じたのか、顔が青ざめつつある。


「え、ええ……。私たちは一緒に八神くんを手伝っていました」

「その終わりごろに伊波は『盟主』からの任務に関する指令を受けたと言っていました。ですが『盟主』はたった今彼からの通信はなかったと言いましたね」

「で、でもそれだけで彼を内通者と決めるには早すぎるわ。それにあのアーティファクトは相手方も所持していないと通信できないから――」

「〔幻影〕の構成員としか連絡が取れないはずだ」

「っ」


オレが先に放った言葉が水瀬の言わんとすることを余さず網羅していることが分かる反応だった。


「その前提があるから〔幻影〕以外の構成員と通信はできないと考えることこそ思い込みなんだ。同じ日、オレはお前に聞いた。『壊れたらどうするのか?』と。その答えは要約すると『自己申告で原因を追及し修復できなかった場合は新しい物が支給される』だったな」


有無を言わさない指摘に水瀬は黙り込み、その様子を見ていた『盟主』は頷いた。


「なるほど。伊波君が嘘を吐いたことは疑いようのない事実だと認めよう。だがそれが『EA』を騙し取り、敵に情報を流した決定的な証拠とは成り得ない」

「分かっています。次の証拠を見てください」


あくまでもここまでは伊波に対する疑惑を意識させるための布石だ。

次の証拠こそが決定的な核心足りうるだろう。


ホログラム上に目の粗い映像が映し出される。

そこに存在しているものは伊波と冬の日に出会った氷の魔法使いと思われる人物だ。


「これは――」


言い逃れしようもなく伊波はいつもの朗らかな笑顔で話し掛けている。

そしてほんの数分話したところで別れて行った。


本来敵対している氷の魔法使いと伊波がゆったりと言葉を交わすなど普通ではない。

十中八九、彼が内通して情報を渡していた人物は氷の魔法使いで間違いない。

言い逃れられない事実は黒を判断するのに事欠かない。


『盟主』は水瀬に最後の確認をする。


「――伊波君で間違いない。もう一方の人物は水瀬君の報告にあった氷の魔法使いであっているかい?」

「間違い……ありません」


まるで自らが断頭台に立っているような様子で水瀬が首肯した。

それに『盟主』が触れることはなく、淡々と宣告を下す。


「残念だが伊波君には裏切りの容疑が掛けられることになる。すぐに拘束の手配をしよう。八神君の情報提供に感謝する。なお二人の以後の任務は変わらず東雲君が伝えたとおりに取り掛かってほしい」


『盟主』は『EA』による手配を手早く済ませるとこの洋館を立ち去っていく。


あとに残されたのは俯く水瀬とオレ、そして深刻な空気だけだ。


「水瀬はオレに幻滅したか?」


黙ったままの水瀬には辛い現実に違いない。

今まで普通に接してくれていた伊波こそが仲間の命を間接的に刈り取っていたのだ。

いや、あずかり知らぬところでは直接手に掛けた仲間もいるかもしれない。


「いいえ……ただ……まだ信じられないの。彼は私が〔幻影〕に入ってすぐに所属してきた言わばほぼ同期のメンバーで、少なくとも数年は彼のことを見てきたけれど……。どうしてもそんな行動を取ったとは思えない」

「そんなことはないんじゃないか? 人が裏切る要素なんて些細なことからたくさんある」


人間関係のもつれから金銭による買収、自己利益の最大化のためなど。

人は少しのインセンティブを加えてやるだけで簡単に転ぶものだ。


まして相手は旧暗殺組織〔血盟〕のエリートアサシンだ。

誰からの指令かは不明だが、数年前から潜伏して内情を探っていたとしても何の不思議もない。


「そうなのかもしれないわね。でも私は――信じたくない」


今はそっとしておくことが最善だろう。

そう思ったオレは与えられた部屋に戻って過ごすことにした。



――……



月明かりのない混沌としたその日の夜、伊波の失踪が知らされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る