✞第2章
♰Chapter 8:第一元素・火
「さあ、特訓を始めましょう――」
以前のように竹林に囲われた修練場へとやって来ていた。
今日はいよいよオレの魔法デビューとでも言うべき日だ。
滅多に緊張しないオレだが今日ばかりは気の引き締まる思いだ。
「――と言いたいところだけど、まずは魔法にどんな属性があるのかを話しておくわね」
水瀬は屋上でも見せた魔法陣を展開する。
改めて見てもその美しさには目を見張るものがある。
「魔法には五大元素というものがあるの。それは『火』『水』『風』『土』そして『空』」
――真紅の魔法陣からは焔。
――紺青の魔法陣からは水。
――翠緑の魔法陣からは風。
――黄金の魔法陣からは土。
――純白の魔法陣からは揺らぎ。
それぞれの魔法陣を象徴する魔力の塊が産み落とされる。
「五大元素をもとに魔法属性をより細かく分類したものが、『雷』『氷』『光』『闇』『聖』『魔』『無』などの属性なのよ。実際に私は五大元素の『空』に属する『死』属性の固有魔法が使えるわ」
「なんとなく面倒くさい分類だな」
「ふふ、そうね。無数にある属性を覚えることは困難だから、そのなかでももっとも根源的な『火』『水』『風』『土』『空』の五つを覚えられたらベストだと思う。そこから長い目をもって派生属性を覚えていきましょう」
「その時にオレが〔幻影〕の正式な所属を認めていたらな」
「その辺りは大丈夫。きっと〔幻影〕のやっていることに納得してもらえると思うから」
水瀬は綺麗な微笑みを浮かべるとさて、と表情を引き締める。
「今度こそ今日の魔法訓練――火属性魔法をある程度会得しましょう。はじめは自分の手のひらに火を灯すことに慣れること。基本的に詠唱は必要ないけれど具体的なイメージを固めるために言葉を使うことはとても効果的なの」
そういうと「火よ」と口ずさむ。
すると彼女の手のひらに橙色の炎が具現した。
「改めて目の前でやられると驚きが一入だな……」
オレも促されるままに「火よ」と言葉にする。
だが何も起こらない。
東雲との力試しのときは属性は違えど魔法が発動したというのに。
水瀬はオレの左胸に手をかざすとその碧眼を閉ざす。
「焦らないで。魔法使いが魔法を使うときには必ず魔力回路を経由する。ならどこから魔力が来るのかと問われればそれは核である心臓よ。私から伝わる魔力の流れを感じ取ってみて」
オレは言われたように意識を体内に集中する。
すると最初は何も感じることはなかったが、少しずつ何かが流れ込んでくることを知覚し始める。
それはやがて曖昧なものからはっきりと意識できるまでに到達する。
「……これが、魔力」
通常、人は血液の流れや内臓の働きを意のままに知覚することはできない。
血液や内臓は意識して動くのではなく、意識しなくとも動くからだ。
だが今、オレは脈打つ心臓を起点にして身体のなかを循環する不思議な力――魔力の存在を明確に知覚することができる。
まるで『魔力』という自在に動かせる身体のパーツが増えたような感覚だ
「ええ、そうよ。最初は違和しか感じないものよね。全身に虫唾が走る感覚……いえ、全身くまなく撫でまわされるような感覚かしら?」
「水瀬の言いたいことは分かる。だが……もっと別な言い方がなかったのかとも思う」
「あとで時間があれば考えておくわ。全身に流れる魔力の流れを感じ取れるようになったら、この流れを手のひらに集中させるのよ。ゆっくりでいいから」
水瀬が離れると再度の火の具現を試みる。
すると今回は荒れ狂う火力の柱が立ち昇る。
「魔法の威力は費やす魔力の量で変わるからもう少しだけ絞ってみて」
オレは水瀬の火を見ながら徐々に魔力の量に修正を加えていく。
より少なく、より正確に。
ものの数秒で同じ勢いのところに落ち着けることができた。
「そうそう。私がこの訓練をした時には丸三日もかかったのに八神くんはほんの少しの時間でマスターできるようになるなんて……。少し、悔しい」
「それは水瀬の教え方が上手いからだろう。すごく分かりやすい」
「そうかしら。そうだといいけれど」
そう言い、水瀬が指を弾くと三つの火球が具現し、滞空する。
「火を出せるようになったら、次は形状変化ね。通用魔法はどんな属性でも簡単な形状変化しかできない一方で、固有魔法は複雑な形状変化に対応したものもあるわ」
「通用魔法は例えば動物型や植物型にはできない、ということか?」
「そうね。火で言えば“放射する”“塊で撃つ”くらいかしら。形状はシンプルだけど、軌道は結構工夫次第なところもあるわね」
水瀬は三つの火球をくるくると回して見せる。
空間を立体的に意識しつつ、イメージ通りの軌道を描くことはなかなかに難しい。
オレも見よう見まねで試みるが複数を同時に操ることはまだできない。
それもこれから先に磨いていくべき技術だ。
「これまでも何回か魔法を見たが、しっかりと向き合うのは今日が初めてだな」
「そうなの? 私から見れば、八神くんはとっくに魔法と向き合っていると思うわよ? もっと言うなら魔法への適応が早すぎるくらい。普通の人は戸惑って疑って、それからまた確認して……みたいな感じだと思うんだけど」
「そんなに信じられないものか? 魔法は」
水瀬は形のいい人差し指を立てて言う。
「確かに一部の哀しい人たちは魔法を信じているけれど、普通の人は信じないわ。魔法を題材にした創作物はありふれているけれど、そのどれもがフィクション――現実には存在しないものとして解釈されているでしょう?」
言われてみればオレも一月のあの日、水瀬とケープの人物との戦闘を目撃しなければ魔法を現実には存在しないものとして認識したままだっただろう。
その意味では今までの意識を変えることに抵抗を覚える人間も多いのかもしれない。
オレは彼女の話に納得しつつ、茶々を入れてみる。
「『一部の哀しい人たちは信じている』と言ったか? 意外と辛辣だな」
「辛辣、というよりは違いを強調したかっただけよ。魔法が実在することを知らないで妄信するのと魔法が実在することを知っていて信じるのとでは意味が懸け離れているから」
そういうものなのだろうか。
ともあれ、並のカリキュラムよりも水瀬の魔法講義は楽しい。
もちろん、オレが魔法自体に興味を持っていることも要因の一つだろう。
だが思うに彼女のリードの仕方がいいのだろうと思う。
オレはふと思いのままに火球の顕現に成功する。
「……嘘……。無詠唱で魔法を行使できるなんて」
「……そんなに驚くことなのか? ついさっき無詠唱は魔法使いのなかでは当たり前のように言ってなかったか?」
「それは私や他の魔法使いに経験がそれなりにあるからよ。この前まで魔法を知らなかった人が魔法を習得し始めたその日に無詠唱を覚えられるなんてさすがに……。どうやら貴方には卓越した魔法の才能があるのかもしれないわね」
水瀬は驚愕と共に賛辞を寄越す。
その様子からは自分のことのように嬉しそうにする彼女が伺えた。
「それは喜んでもいいんだろうが……そういえばオレは結局『第二位階』の魔法使いのなのか?」
『第二位階』――それは五大元素の通用魔法に加え、固有魔法をもモノにした魔法使いを指す。
たとえ今固有魔法とやらが手に入りそれが役に立つものだったとしても本番ですぐに使う気はない。
だがそれを持っているか否かでは戦略の幅も大きく異なるというものだろう。
それに予想外のことが起きた場合の非常手段足りうるからな。
オレにそれがあるのだとすれば早い段階で知りたいものだが。
「それはまだ分からないわ。現状は魔力回路を解放した時点と同じで第二位階に分類される可能性はある、としか言えないのが難しいところね」
水瀬は一度言葉を切ってから何かを思い出したようにもう一度言葉を繋ぐ。
「そういえば八神くんは魔法使いになったときに気を失っていたわよね? でも通常は軽い眩暈や頭痛程度で済むはずでいい方だと体調に何の変化もない場合もあるのよ。だから私も断定して言えることは少ないけれど、強力な魔法を得る場合に副作用として気絶という反動があったのかもしれないわ……何だか『かもかも』って憶測ばかりでごめんなさい」
「謝る必要はない。それだけはっきりしないこともあるというだけのことだ」
「そう言ってくれると助かるわ。焦らず時を待ちましょう」
それからも火属性魔法の会得・研磨に時間を費やした今日という日は幕を閉じた。
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