嘘から出た

日置倫敦

第1話

 飲み過ぎて終電を逃し、タクシーを捕まえる。

 運転手は少し髪の乱れた五十代の細面の男。愛想はほぼ無い。

 自宅の最寄駅を伝え、大きく息を吐く。

 あまりにも酒臭い息が車内に充満し、発信源の自分でさえ吐き気を催す。

 運転手が俯き加減で、若干表情を曇らせたかのように見える。

 -こっちは客だぞ。臭かろうと我慢してくれよ。

 暫くして大通りに出たところで、運転手が徐に語りだす。

「この前、深夜にこの辺りを流してましたらね、若い兄さんが手を上げてるんです。乗せようとしたら、助手席がいいって言うんですよ」

「信号で止まるでしょ。そしたら、その兄さんが私の太股触ってくるんですよ」

「嬉しくなっちゃってね。あの辺りの公園そばの路肩に停めて」

 その先の話は聞きたくもない。そそくさと財布を取り出す。

 もうすぐ家だが、知られても困る。カード払いに時間を掛けたくはないので、メーターを見て足りる分の紙幣を受け皿に置く。

「お釣りはいいから」

 ドアが開き、外に出て冷えた空気に触れる。

 酔いは覚めるが気分は悪い。遠ざかるエンジン音を背に深呼吸する。

 家まで少し歩くが仕方ない。


 窓を開け換気をしながら、次の客を探す。

「4,050円のところ、5,000円の売上げ」

「酔っ払いは酒臭いのは好かんが、この話をすると大概は金払いがいい。しかも現金」

 車内で嬉々とした独り言が、開いた窓からの轟音でかき消された。


 気分よく通りを流していると、視線の左先に手を挙げている青年の姿。

 車を停めドアを開けると、やんわりとした声が車内に響く。

「助手席に座ってもいいですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嘘から出た 日置倫敦 @fourhorsemenshin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ