蛇神館

ケン・シュナウザー

蛇神館

 東京都心からかなり離れた寂しい場所に、廃墟と化した立派な屋敷が佇んでいた。その屋敷を三人の若い男達が眺めながら、ひそひそ話をしていた。

「あれが噂の『蛇の家』なのか・・・」

「ああ、この家の付近の住人からそう呼ばれているそうだ」

 なぜあの屋敷が「蛇の家」と呼ばれているのか。それは昭和の初めに遡る。


 とある資産家がこの地に立派な屋敷を建てた。しかしその際に祠と思しき石積みを壊してしまった。それからこの屋敷内では奇怪な出来事が起こるようになった。

 まず屋敷の彼方此方で蛇が出現するようになった。勝手に中に入り込んだのだろうと思って使用人たちが追い払おうとすると、蛇は煙のように消えてしまった。

 それだけではなかった。今度は屋敷に暮らしていた資産家の肉親、資産家の妻とその兄弟、そして使用人とその家族の体から鱗のようなものが浮き出てきたのだ。体中を鱗に覆われてしまった人々はまるで蛇人間のようであった。

 度重なる怪異により、恐怖に駆られてしまった屋敷の住人たちは冷静を保てなくなり、最終的に殺し合い始めた。それから暫くして、この騒ぎを聞きつけた近隣の住民が屋敷の仲を調べたら、屋敷中が血で真っ赤に染まり、変わり果てた姿となった住人たちが横たわっていた。しかし不思議なことにその資産家の姿はなかったという。この事件は資産家の知人たちにより、闇に葬り去られた。

 それからして、この屋敷は次々と家主が変わったのだが、何れもあの時のような怪異が起こったという。家主の中にはあの時のように消息を絶った者もいたという。一連の出来事について、屋敷の周囲の人々は最初の家主の時に壊された石積みの正体が蛇神の祠だったため、「蛇神の祟り」だと噂され、以来屋敷は「蛇の家」と呼ばれるようになった。「蛇の家」の噂は彼方此方に広がっていき、誰もあの屋敷に住もうとする者はいなくなり、最終的に家主のいなくなった「蛇の家」は廃墟同然となり、現在に至った。

 廃墟となった「蛇の家」はより一層不気味さを増していて、周囲の人々は「『蛇の家』に足を踏み入れた者は呪われる」と噂した。その噂を証明するかのように興味本位で侵入した者や屋敷を取り壊しに来た業者の人々が次々と行方不明になったり、変死体となった。死体は何れも絞められた跡や咬まれた跡があった。こうして「蛇の家」周辺は立入禁止区域となり、バリケードで封鎖されることとなった。


 話は現在に戻る。

 三人の若い男たちは、ここが立入禁止区域だと知りつつも、「蛇の家」に足を踏み入れた。それは肝試し感覚であると同時に、「禁じられた場所」に足を踏み入れるというスリルを体感しようとしていた。

「それにしても本当に不気味だな・・・」

「もうビビっているのか、尾崎?」

「別にビビってなんかねえよ、ただあの屋敷の第一印象を言っただけだぜ」

「とか強がっちゃって、そういうのは気を紛らわそうとして言ってるんだぜきっと」

「だからそうじゃないって・・・」

 屋敷に侵入しようとしている三人の若い男たちは各々、リーダー格の岩里、強面な人相の白倉、そして冴えない顔の尾崎である。

「止めておいた方がいいんじゃないか? これじゃあ俺たち法を犯しているようじゃないか・・・」

心配性な尾崎が言う。

「そうか、嫌ならお前だけ帰っていってもいいぜ。でもこんな人里離れた場所から一人で帰るというのかい?」

「ここまできて引き返すつもりか? お前はいつもそうだったよな」

「・・・!」

岩里と白倉に言いくるめられ、尾崎は結局二人に同行することなった。

 屋敷の大扉をこじ開けると、そこは異様な空間が視界に入った。屋敷の中は黴臭さというよりは、まるで猛獣の檻のような獣臭さである。そして骨董屋に陳列されていそうな家財道具が辺り一面に転がっていた。

「予想以上に不気味だな・・・」

白倉がそう呟きながら、蜘蛛の巣が張り巡らされた通路を進んでいき、その後をついて行く二人。だが暫く歩き続けていくうちに、妙な感覚に陥っていくのであった。

「なんか感じないか?」

「誰かに見られているような気がするな」

三人は何者か、というよりは夥しい数の人々に見られているような気配だったのだ。その不気味な視線に苦しみながらも、奥へ奥へと進んでいった。

 頑丈な赤いドアを力づくで開け、何もない小さな部屋へ入った時、岩里はあるものに注目した。

「何だこれは?」

それは壁についた真っ赤な染みである。

「血痕じゃないの? 確か最初の事件の時についたものだろ」

「だとしてもおかしくないか?」

岩里が不思議がるのも当然で、仮に白倉の言うように最初の事件による血痕だとしても、十分昔のことなので時間経過によって消失しているはずだ。しかしこの血痕と思しき染みはつい最近出来たようなものだ。

「何だ!?」

尾崎は天井から雫と思しきものが自分の頭に落ちてきたことを感じた。頭に触れた尾崎は思わず絶叫した。雫の正体は血液だったのだ。辺りを見渡すと天井や壁、床の至るところから血痕のような染みが次々と出現した。

「うわああああああああああ」

恐ろしくなった三人は慌てて部屋を飛び出した。

 恐怖で震えあがりつつ、息を切らしていた三人だったが、突然尾崎が呟いた。

「何か言った?」

「いや誰も言っていないけど・・・」

「でも何か聞こえてこないか・・・?」

三人が聞き耳を立てると、何やら人々が苦しんでいるような声が聞こえてくる。そしてその声は次第に悲鳴に変わり、声量も大きくなっていった。悍ましい声に恐れ慄いた三人は流石に恐怖で足がふらつき始めた。その時、岩里が何かを踏んづけた。よく見るとそれは蛇だったのだ。周囲を見て三人は驚愕した。

「うわああああ! 蛇の群れだ!」

どうやら三人は夥しい数の蛇の群れに取り囲まれてしまった。

「もう勘弁ならん! やはりここは呪われた館だったんだ!」

「だからやめとけと言ったのに!」

「言い争っている場合か! 速く逃げるんだ!」

 恐怖の限界に達した三人は蛇の大群を振り払いながら大急ぎで出入口へ向かった。そして出入口に辿り着いた時、三人の目の前に俄かには信じがたい事が起こった。恐らく身の丈は20メートルくらいはありそうな大蛇が出現したのである。大蛇は鋭い眼光で三人を睨んでいた。

「あ・・・」

蛇に睨まれた蛙・・・いや、蛇に睨まれた男三人とも言うべきか、三人は恐ろしさのあまりそのまま動けなくなり、意識を失ってしまった。


 気が付くと病院のベッドの上だった。どうやら気を失って倒れていたところを保護されたようだ。保護されたのは尾崎一人だけであったようで、岩里と白倉は行方不明となっていたことがわかった。病院の人たちに自分が体験した奇怪な出来事を話すと、彼らは笑った後に耳を疑うようなことを述べた。

「いいですか尾崎さん、貴方が足を踏み入れたという場所には、今も昔も屋敷なんてありません。あるのは大蛇神の祠だけですよ」

この事実に尾崎は絶句した。

 続けて院長が大蛇神の祠に纏わる伝説を語り始めた。


 その昔、彼の地に暮らす人々は大蛇神に苦しめられていた。大蛇神は生贄として若い娘を捧げるように命じ、それに従わなければ災いに見舞われれてしまうのであった。ある時、彼の地を訪れていた侍が、人々からこの話を聞き、そのような風習をやめさせようとして大蛇神を退治した。大蛇神が倒されたことで人々は苦しみから解放されたように思われた。

 だが暫くして奇怪な出来事が起こった。人々の体から鱗のようなものが浮き出て、まるで蛇人間のような姿となった者が次々と現れたのだ。人々は「大蛇神の祟り」だと思い、それを鎮めるために祠を建てると、祟りは収まったという。こうして人々は「触らぬ神に祟りなし」と言わんばかりに、祠に近づこうとはしなかったという。

 

 この伝説を聞いた後、尾崎は自分がやった事の罪深さを恥じた。そして院長は屋敷の最初の家主のモデルと思しき資産家の話もし始めた。

 資産家は強欲な性格で、自分の富と名誉の為に多くの人々を騙してきたのだ。中には彼のせいで人生のどん底に突き落とされた者も少なくなかった。そして資産家は外出中に突如失踪してしまう。失踪の謎について、彼を怨んでいた者に殺された等と噂されたが、結局真相はわからぬままであった。それからして、資産家の一族は皆没落していき、この失踪事件は有耶無耶に葬り去られていった。

 話を聞いた尾崎は、その資産家の姿を先程の大蛇神の伝説と照らし合わせた。どうやら「蛇の家」の噂話は大蛇神の伝説と資産家失踪事件が合わさって生まれたようだ。だとしても気になることがある。とどのつまり、「蛇の家」とは一体何だったのか? そして岩里と白倉はどこへ消えたのか? そのことに首を傾げながら、保護をしてくれた病院の人々にお礼をして、病院を後にした。

 尾崎は「蛇の家」の場所を訪れたのだが、そこには屋敷の姿はなく、木々が生い茂っている中に大蛇神の祠が建っていた。そして祠の周りには誰も入ってこられないように結界が張られていた。

「岩里、白倉、一体どこへ行ったんだよ・・・」 

尾崎はそう呟いて、祠を去っていった。

 

 それからして、尾崎は普段通りの生活を送っていた。だがある時、気を悪くしたのか、三日三晩寝込んでしまった。その時尾崎は不思議な夢を見たのであった。大きな蛇が次々と人間を丸呑みにしていき、人々は悲鳴を上げながら蛇の餌食となっていくという内容の夢であった。その夢は妙にリアリティがあった感じである。

 そんなある夜のこと、尾崎は突然目を覚まし、部屋を抜け出すと夢遊病者のようにふらりふらりと彷徨いながら大蛇神の祠のもとへやって来た。すると尾崎は自分の皮を剥ぎ始め、身の丈20メートルくらいはある大蛇に姿を変えたのであった。

 大蛇は体を震わせると、口から様々なものを吐き出したのである。それは「蛇の家」に足を踏み入れた時に岩里と白倉が身に着けていた衣服や持ち物であった。そして大蛇は茂みの中へその姿を消した。

 暫くして、祠しかなかった場所には、いつの間にか廃墟と化した屋敷が佇み、その近くには岩里と白倉の衣服や持ち物、そして尾崎の脱殻が散らばっていた。

(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蛇神館 ケン・シュナウザー @kengostar2202

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る