3.泣き虫令嬢は逃げると決める


 馬車を降りたところから、私はあの既視感に悩まされておりました。

 来たことのないはじめての場所であるのに、懐かしい感じがしたのです。


 あぁ、ここは良くない。

 私は何故かそのように察しました。


 けれども兄がずっと手を繋いでくれていたこと、それから公爵家の一員としてしっかりしなければと自身を奮い立たせていたこともあって、そこまでの強い不安や逃げ出したい気持ちに襲われることはなかったのです。


 それから庭園に案内されてしばらく花を愛でているうち、その不安は解消されて、むしろ高まる緊張感に胸を押さえておりました。


 粗相のないよう頑張らないと。

 兄と仲が良い方ならきっと優しい人のはず。

 少しの粗相は許してくださるかしら?


 今日は何のお話をすればいいのでしょう。

 どのようにお手紙を書けばよろしいかしら?


 考えが様々流れて、より緊張感を誘いました。



「シェリー落ち着いて。大丈夫だよ。適当にあしらえばいいからね。兄さまがついているから困ったことにもならない」



 適当にあしらうことは無理そうですが。

 私には兄が付いています。それが何よりの心の支えでした。


 だからきっと大丈夫。

 緊張感も少し和らぎ、改めて頑張ろうと心に決めていたのです。



 それなのに。




「待たせて申し訳ない」



 その声は、不思議と懐かしい声でした。

 そして私は声の方に振り返った瞬間に、また不思議なことを思ったのです。



 ──面影があるわ。




 面影?面影とはなんでしょうか。



 途端浮かんできた絵姿。

 それと一緒に文章の羅列が私を襲います。


 

 これは──っ!



 私ははじめて、いままで感じてきたの理由を理解したのです。



 そして気が付けば泣いて……いえ、号泣しておりました。

 涙が止まらなくて、ただただ恐ろしくて、そして情けなくて。


 感情はぐちゃぐちゃ。

 十二歳にもなって人前で泣き止むことの出来ない駄目な令嬢がそこにいたのです。




 そして私は思いました。


 逃げよう、と。



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