第38話 油とスローライフ

 俺の名前は奥洲天成。

 前回、牛に転生した俺は、六年の牛生を終えて天界へと戻ってきた。

『結局、人間から戦力外通告を食らって闘牛に出たのか?』

「違うわい! 熊に襲われたんだよ!」

 そう、日本でも牛がクマに襲われる被害が多発しているというが、ヨーロッパにしても同じだった。

『なるほど、熊か。それは大変だったな』

「全くだ。スローライフを送るつもりがとんだアクション人生……牛生になってしまった。もう牛に転生するのはコリゴリだ」

『のんびりとしたスローライフを送りたいのなら、いいのがあるぞ』

「何だ?」

『フランスの鉄仮面だ』

「却下」


※女神注:鉄仮面とは、ルイ14世の治世に30年以上も牢獄にいた男のことです。ずっと仮面をつけていて、脱ぐことが許されなかったのだとか。ルイ14世の落胤であるとか色々な説があります。


『おまえも随分贅沢になってきたな。一体何になりたいんだ?』

「いや、特にこれだというのはないが、人間やら忙しない連中は嫌だ」

『いっそノミになるか。ペスト菌を保有して人間に向けて死のジャンプを繰り出す存在だ』

「嫌だ」

『贅沢な奴め。分かった。こちらで適当に決めよう』


 そうして、俺が転生したのが。

 甲高い音が大海原に広がる。

 大きな岩を見つけて垢すりをする。

 200年近い寿命、その巨体に似合わずプランクトンあたりも食事にするというつつましさ。

 俺は海の巨大生物・クジラへと転生した。


 作者の奴、ファンタジーの方でシャチとか出したものだから、ついでにということで適当にやっているんじゃないか?

 あと、さすがにクジラだと中世とか歴史関係なくねえか?


 とはいえ、鯨生は確かにいい。

 朝から晩までのんびり泳ぐだけだ。先ほど言ったようにシャチは怖いが、俺のように20メートルくらいまでなると、まとまっていればシャチもおいそれとは襲ってこない。熊にビビッていた牛の頃とは大違いだ。

 食事は海水を飲み込めば勝手に入ってくるし、優雅に遊ぶこともできる。


 ああ、これはパラダイスだ。


 もちろん、そんなに甘くはなかった。


 ある日、警告を示す音が遠くの仲間から発せられているのが聞こえた。

「何があったんだ?」

 と、目を凝らすと前方に大きな船が見えてきた。

「やばい! 人間が捕鯨に来た!」

 俺達もSOS信号を出し、慌てて移動しようとしたが、相手は数隻がかりで俺達を追い詰めてくる。陸に近いところに追い詰められると、銃やら銛やらをガンガン打ち込んでくる。


 ちくしょう。

 今度生まれ変わるなら、人間を食えるドラゴンとかになりてぇ……。

 そう思いながら、俺の意識は途絶えていった。



"神の一言"

 石油が精製されて使われるようになる前、人類が頼った油はクジラだった。

 ファンタジー世界のランタンの油も基本的にはクジラという認識で間違いないだろう(そこまで考えていない人の方が多いかもしれないが)。


 大西洋側ではヨーロッパの面々がクジラを狩りとっていた。

 太平洋は完全にアメリカの独壇場だ。日本は近海捕鯨しかやっていなかったからな。

 クジラを取りたいがためにハワイを保護国にし、クジラを取りたいがために日本に開国を要求したと言っても言い過ぎではない。

 目的は油なので、食うこともなく(冷蔵技術の問題で不可能だった、との言い訳もできるが)、死体は全部捨てて行った。それで太平洋沖合のクジラは全滅し、日本近海のクジラも取りつくし、最後の方はオホーツク海やベーリング海まで向かっていた(だから函館も開港させたかった)。


 少なくとも、「アメリカに捕鯨のことを言われたくないよ!」ということはあるだろう。


 クジラは何とか絶滅を逃れられたが、ステラーダイカイギュウのような鈍い海上動物は発見から30年程度で絶滅してしまったという。

 やれやれな話だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る