第16話 英国近衛騎士テンセー
俺の名前は奥洲天成。
今回、俺はエゲレスへと転生することになった。
時は16世紀初頭。
ヘンリー8世の時代。
俺は陛下の近衛隊の一人として付き添い、敵国の兵士や反逆者など、陛下の命をつけ狙う者達との戦いにいそしんでいる。
……はずなのだが。
「テンセー! テンセーはおるか!」
「はっ、陛下。テンセーはここにおりまする」
陛下が血相を変えている。一体、何が起きたのだ?
「テンセー、妃は息子を産みそうにない」
「は、はぁ……」
確かに王妃はこの前、男子を流産された。男子を期待していた陛下の落ち込みっぷりときたら、そばにいた俺も涙したものである。エリザベス様という聡明な女の子はいるのだが、陛下は男が欲しいということであまり可愛がっていない。
「これはまさに大英王国に対する反逆である! 直ちに処刑したいので、手はずを整えておくように!」
「えぇぇぇ!?」
ちょっと待ってくれ。
今の王妃のアン・ブーリンと結婚するのに、カトリックと揉めに揉めて、反対する連中かたっぱしから処刑していったじゃないか。
それで3年でもう処刑?
いや、まあ、王妃は贅沢三昧だし、ちょっと不倫していそうだし、うざいと思っていそうなのは分かるけど、さ。もう少し待った方がいいんじゃないか?
「何だ? 貴様も反逆するつもりなのか?」
「め、滅相もありません! 王妃は間違いなく反逆しようとしています!」
「よし。罪状などについては任せたぞ」
陛下は俺の肩をポンと叩いて、退いていった。
トホホ。
王妃アン・ブーリンを処刑すること自体は簡単だった。
別に有力者の庇護があるわけではないし、調子に乗り過ぎていて嫌われていたし、不倫していた形跡もあったからな。不義密通やら陛下への暗殺疑惑をでっちあげればすぐだった。
俺は陛下の近衛騎士。
陛下に、王家に迫る危機は除去しなければならない。
そうだ、お家断絶をもたらすかもしれない、女子しか生まない王妃など、生きている価値はないのだ【洗脳度50%】
陛下は次に結婚したジェーン・シーモアとの間に待望の男児を設けられた。これはすなわち、陛下のなさりようが正しかったということだろう。
だが、あろうことか、ジェーン王妃はその出産が原因で衰弱死してしまった。
「念のためもう一人作ろう」
陛下が言った。
そうだ。ジェーン王妃は出産後すぐ亡くなられた方である。その体力の弱さを殿下が継いでいないとは限らない。
間違っても、陛下が好色などと言ってはならない。そんな奴は反逆罪で斬首だ【洗脳度70%】
ということで、色々な似顔絵を集めてきた。
「おおっ! これは何とも美人ではないか!」
陛下は、アン・オブ・クレーヴズという人物の似顔絵の虜となった。
「よし、この女にしよう」
即断即決が陛下のモットーである。次の王妃はアン・オブ・クレーヴスに決まった。
だが、陛下はあまりに絵に惚れてしまい、その日まで待ちきれない。
「テンセー、直接見に行くぞ」
「えっ、直接ですか?」
ということで、俺は陛下に連れられてアン・オブ・クレーヴスを遠くから見ることになった。
ただ、その場にいたのは、確かに美人だが。
「な、何だ、あの不細工な女は……」
陛下がわなわなと震えている。
そこにいるのは美人ではあるのだが、似顔絵とは大分違う雰囲気の女だった。21世紀風に言うなら、「修正しまくっているだろ。この見合い写真!」という奴だ。
「この女を勧めた奴は反逆者だ! 処刑してしまえ!」
陛下の命令が下った。
まことその通り、陛下を騙して誤った女と結婚させようなど、とんでもない反逆行為である。超極刑に処されても文句は言えないだろう【洗脳度90%】。
ということで、勧めた貴族は直ちに処刑となった。
「描いた奴も描いた奴だ!」
そうだ! 陛下を騙そうなどとするとは、とんでもない反逆者だ!
「一家郎党全員処刑ですね!」
「……いや、画家は命令されたのだから処刑までするのは可哀相だ。追放で済ませてやろう」
「さすが陛下! 海よりも深き慈悲でございますな!」
俺は英国近衛騎士。
陛下に、王家に迫りくる脅威と、日々戦っている。
"女神の一言"
アン・オブ・クレーヴスにまつわる話は誇張されているという説も強いですが、ヘンリー8世がとことん困った人だったことは間違いありません。
中国には王昭君の逸話もありますが、似顔絵を見て決めるということはよくあったようですし、今も昔も、少しでも良く写るようにしてみせて相手の関心を引こうとしていたということもあったようですね。
もちろん、こんなことが許されたのは上流階級の人達であって、99%の領民は近所の人と結婚していたわけですが。
ちなみにテンセーが言っている超極刑というのは、絞首刑に処した後に、腹部を裂いて内臓を取り出し、更に四つ裂きにするというものです。
いい感じでヘンリー8世に洗脳されているようで、続編があれば大変なことになりそうですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます