第8話 仁義なき婚約破棄の世界

 俺は奥洲天成。トラックに撥ねられて死亡し、中世ヨーロッパの貴族として転生することになった。


 転生先の俺には、親友と呼べる存在がいる。マクシミリアン・フォン・ライエンスブルク、通称マックスだ。気のいい奴で、イケメンで、非の打ちどころがない優秀な男ではあるのだが、残念なことにちょっと女に弱い。

 今も婚約者であるヘンリエッテ・フォン・ロイゼスという存在がいるにも関わらず、マリアンヌ嬢と仲良くしている。


「テンセー、僕は今度のパーティーでヘンリエッテとの婚約破棄を宣言しようと思うんだ」


 唐突にそんな宣言を受けたのは昨日のことだ。


「婚約破棄自体は構わないが、わざわざ他の皆の前で宣告する必要はないんじゃないのか?」

 両家はほぼ対等な家だから、どちらがどちらに負い目があるというわけではない。破棄したからとして、お互い大いに困るということもないだろうが、わざわざ人の恨みを買うようなことをしなくてもいいのではないだろうか。

「いや、僕はあの女を許せない。恥をかかせないと気が済まないんだ」

 マックスはかなり荒れている。自分の方から浮気しておいて、その態度は無いだろうと思うが、どういうことか一応聞いてみる。

「あの女は僕のことが好みではない、と公言しているうえに、最近フリードリヒと仲がいいというんだ」

 おお、フリードリヒ。あのちょっとすかした奴か。「君達、低知能は……」とか言ってくるからむかつく奴だよな。あいつと付き合っているとなると、確かに不愉快になるのは分かる。

 とはいえ、元はと言うと、おまえがマリアンヌと仲良くしているからじゃないのか? まあ、いいけど。

 マックスはとにかく本気らしく、マリアンヌを引き連れてパーティーで婚約破棄を宣告する気満々だ。

 本人が本気である以上、友人として俺ができることは見守ることくらいだろう。


 そして、その日がやってきた。


 同世代の者達が集うパーティー会場に、役者たちが揃う。

 ヘンリエッテは確かにフリードリヒと談笑している。フリードリヒが偉そうなので、彼と話している時のマリアンヌの様子も何だか見下し気味の視線に見えなくもない。

 そこにマックスとマリアンヌがズカズカと近づいていった。

「ヘンリエッテ・フォン・ロイゼス! 僕は君との婚約破棄を宣言する!」


 ひゅ~と風が吹いた。

 ヘンリエッテも、フリードリヒも、唖然とした顔でマックスの顔を見つめている。

「……僕はこのマリアンヌと付き合うことにする!」

 二人の視線が蔑みから憐みに変わる。

「そうですか」

 とヘンリエッテが回答したその瞬間。

「この馬鹿者が!」

 マックスの両親がダッシュで駆けつけてきて、マックスに渾身の昇竜拳をかました。そのうえでマリアンヌの胸倉をつかむ。

「この悪魔憑き女め、マックスに何を吹き込んだ!?」

 マリアンヌは泣きそうな顔で弁解している。

「わ、私は、マックス様と心底愛し合って……」

「だったら、愛人として支えんか~い!」

 マックスパパのラリアットがマリアンヌに決まった。


 その間、ヘンリエッテとフリードリヒは笑いながらキスを交わしていた。


 後日、ヘンリエッテからマックスに対する婚約破棄申請が教会に出されて正式に通った。

 理由は「マックスは悪魔に憑かれて不能になっています」というものだった……


 ヘンリエッテはフリードリヒと相変わらず仲良くやっているし、一説によると子供もできたらしい。

 そのうえで、今度は俺と結婚することになりそうだ。



"女神の一言"

 結婚と恋愛は別物ですからね……。

 公式に愛人を持つことが許されていたフランスが典型例ですが、個人の感情で婚約破棄というのはありえないし意味のない世界でした。

 婚約には多くの利害関係人がいますし、教会も関係しています。神様が認めたものを破棄するということは神が間違っていたということにもなりかねませんので、好いた惚れたでやるのは論外です。


 お家の都合でなされるものはもちろん別ですけれどね。


 尚、家が同意した場合、かつ格差がある場合にはもっともらしい婚約破棄の理由が出て来ることになります。ルクレツィア・ボルジアが最初の相手と破談にした理由は本編にもあるように「不能」だったらしいです。相手からすると、溜まったものではありませんね。

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