第4話 改革は辛いよ

 俺の名前は奥洲天成。

 トラックに撥ねられて中世ヨーロッパに転生することになった。


『それでは、トルコの宰相に転生させることにしましょう』


 トルコの宰相!

 って、トルコってヨーロッパなのか? ほとんどユーラシアとくっついているが。

 まあ、それを言うなら、ロシアもほとんどアジアではないかという話になるか。


 それはさておき。

 トルコといえば、ハーレム!

 エキゾチックな美女達が集まる、まさに男の楽園!

 スルタン(国王)とか超エリートにならないとそういう環境は手に入らないが、俺には現代世界から持ち込んできた知識がある!

 ゲットするぞ、ハーレム!

 探せ、世界中の美女!


 ゴホン。

 妄想はハーレムを作ってからだ。まずは実績を残さなければいかん。

 トルコ(オスマン帝国)は16世紀くらいまでは世界最強だったが、その後衰退していき、19世紀末にはどこと戦ってもフルボッコにされる悲惨な状態だった。


 その原因は、やはり近代化に遅れたということにある。

 であれば、この俺がトルコを近代化させようではないか!


 まずはヨーロッパの技術書を入手しよう。これを沢山コピーして、多くの技術者に知ってもらうのだ。トルコは国力自体はあるのだから、西欧に対抗できる技術力がつけば鬼に金棒だからな。

「……コピーですか?」

「そうだとも、コピー機はないだろうが、活版印刷術かっぱんいんさつじゅつというヨーロッパ独自の知識がある。これらの進化によって出版の技術はかなり上がっているのだ。一日に二、三冊は作れる」

 (今回の)俺は宰相として蓄えた資本もある。これを元手に大量に技術書を作ればヨーロッパの進化に遜色ないくらいのできにはなるはずだ。もちろん、その他の政治改革も進めなければならないが、まずは技術面が優先だな。

 秘書は呆れたような溜息をついた。

「活版印刷はバヤジット2世の時代に禁止されていますね。ユダヤ人には例外的に許されていますが、アラビア語とトルコ語は禁止です」

「えっ……?」

 活版印刷とか、知っていたの?

「アッラーの言葉は丁寧に人の手で書かなければなりません。印刷などという悪魔の手法に頼るわけにはいきませんからね」

 うお、秘書に真顔で答えられてしまった。

 というか、絶対にトルコ出版界の既得利権の問題だろ、これ! 


 しかし、イスラム法学的に「印刷はアラーの御心に反する悪魔の手法」などと言われたとあっては、これを押し進めるのは難しい。

 活版印刷の費用以前に、政治工作費でドカドカと金がなくなってしまう。


「それに、印刷をしたとしても、領民は読めませんよ?」

「えっ、そうなの?」

「そうですよ。領民は文字なんて分からないですからね。100人いて、2人読めればいい方じゃないですか」

 そんなに識字率が低いのか!?


 ということは、まずは学校を作って文字を読めるようにするところからのスタートなのか?

 しかも、アラビア語とトルコ語の二つ教えなければいけない。一つだけで済む日本は楽すぎるだろ、おい。

 資金がいくらあっても足りねえよ……。


「どうしても本が欲しいのなら、イタリアから仕入れたらいいんじゃないですか? アラビア語の文献があると聞きましたよ」


 トルコ、詰んでいるじゃねぇか……。



"女神の一言"

 トルコは極端な例ですが、どの時代も保守的風潮は強いんですよね。

 よく、技術移転による領土繁栄ものというのが出てきますが、これ、実際にやれるかというと結構怪しいのです。

 何故なら、彼らは知らないからやっていないのではなく、知っているけれど不都合だからやっていないということも多々あるからです。


 更に、識字率の不足などの要因もあります。不足しているだけならいいのですけれど、識字に対する認識自体が低いですので(農家の子供に読み書きさせるくらいなら、働かせた方がいいではないかということですね)、改革をしようとしてもブーイングが出るだけでしょう。


 前提条件の不備、実は知っていた知識の無視、こうした要素が改革を阻みますので短期間での導入は果てしなく難しいと考えていいでしょう(一つしか言葉のない日本でも四苦八苦しているわけですからね)。

 知識の無視については政治力が物凄いということで押し通すことができますが、前提条件の不備については補完するために数十年数百年かかるケースもありますからね。

 ついでに言うと、その土地の風土に合うかどうかというのも分からないという点もありますね。宗教、気候、人種、エトセトラ、エトセトラ。

 改革はいつの時代だって大変なのです。

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