『closed』

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第1話 『closed』

この店に入るのは初めてだと言った俺に、彼女は優しくしてくれた。

「好きな料理を選んでね」

それから、俺たちの前にそれぞれパスタとピザが来た。

この時代に来てから初めて食べたイタリアンだったが、味は全く悪くなかった。

俺たちは次にピザを食べてみた。

店の雰囲気もあいまって、ピザを食べた時の音が大きかったのかもしれないが、店員は俺のことをじっと見ていた。

もちろん、悪い意味ではないだろうと思っていたのだが、彼女が言った言葉は意外すぎる言葉だった。

「......あなたってさ、もしかして○○?」

思わず口に含んでいた水を吹きそうになった。

「どうして......知ってるんだ......」

彼女は笑っていた。

「やっぱりそうだったか~」

「えっと......どういう......?」

彼女は少し恥ずかしそうにしながら説明を始めた。

「......私は昔、同じ高校にいたんだよ。クラスは違ったけど。

それで私と同じクラスの男子生徒の名前を覚えてたんだよね~。

『●●』くんていうんだけど、見覚えあるよね?

でもまさか同一人物とは思わなかったよ」

そんな偶然があっていいのかと思ったが、よく考えれば、俺の知っている彼女は俺の名前を呼んでいたことに気がついたので、あまり不思議ではなかった。

「......でもどうして分かったんだ?」

「え~っと、さっきあなたが口に入れたのを見てね。

私もそういう食べ方してたからさ」

「......そうなんだな」

彼女の言葉を聞いて少し安心した。

中学時代は俺について知らない女子はほとんどいなかったが、今はそうじゃないからな。

「それじゃあ、私のこと覚えてる?」

そう言われてすぐに誰なのか気づいた。

クラスメイトの中で一際美人だと評判が高く、学校中の人気者。

「......あぁ、覚えてるよ。久しぶりだな」

覚えているに決まっているじゃないか。

俺が中学生の時、ずっと好きだった人なんだから。

久しぶりに会った彼女は綺麗になっていて驚いてしまった。

だが、それよりも何よりも驚いたことがある。

「......あれ? 君の名前は確か『春宮(はるみや) 美奈乃(みなの)』じゃ......?」

そうなのだ。

目の前の彼女――春宮 美奈乃は同級生であり、俺の好きな人でもあるのだ。

2年前にとあるきっかけで急に告白され、それ以降俺は一度も彼女に会っていない。 だから、目の前にいるのは他人のそら似ではないかという可能性が高かった。

しかし、このあとの発言によってその可能性は消えた。

「うん! そうだよ!」

そう言って笑う姿は紛れもなく本物だったからだ。

「君が転校してから連絡もなかったし、今日こうして会えてよかったな」

確かにそうだ。俺も君に会いたかったのだから。

「ところで、最近なんで学校に来なかったの?」

「いやー、実は部活に入ってたからだよ。忙しくてなかなか行けなかったんだけどね」

嘘である。本当は部活に入るどころか勉強すらせず毎日をぐうたらと過ごしているだけなのだが。

部活といってもテニス部のマネージャー的な仕事をしているだけなので正確には違うのだが、そこは適当に言い訳しておくことにした。

「へえー......じゃあ今度私ともテニスやろうよ!」

突然そんなことを言い出した。

この流れからすると、多分俺と彼女がやっていた遊びを思い出して言ったのだろうが、正直に言って自信はない。

「そうだな......」

とはいえ断る理由もないので了承することにした。

それに俺だって彼女とやりたい気持ちはあったしな。

「約束だからね! 指切りしようよ」

彼女は嬉しそうに小指を出した。

それを優しく絡めると、俺達は約束をした。

俺と彼女だけの秘密ができた瞬間だった。

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