第35話 今村茜のアドバイス。
「葉那ちゃん、こっち帰ってたんだ。連絡してよー」
学生時代の友人、今村茜は、
「ごめんなさい、少し慌ただしい事もあって忘れていたわ」
「もう、相変わらずクールビューティ・ドライなんだから。――あ、じゃあ霧崎君とは今遠恋中?」
「彼も戻っているわ。こちらの大学で何か研究しているみたい」
「ふうん? で。どっちが付いて来たの?」
「私な訳、ないじゃない……」
思わず顔が熱くなる。『お前を追いかけてきた』と臆面もなく言い放たれた言葉、熱い想いに穿たれた、その夜……
ふと目を上げると友人は訳知り顔でにやにやとこちらを見つめていた。
「そっかー、愛されているねぇ、葉那ちゃん。結婚式は呼んでね? あ、でも何か凄そうだよね、二人の参列者。玉の輿選び放題かも」
「早川君とは別れたの?」
「いや、今のは冗談……。というか葉那ちゃん、否定しないのね。もうプロポーズされたの?」
「しないわ、彼と結婚なんて。――もう断っているし」
言葉にすると、どろりと鉛を溶かしたような重くて鈍い罪悪感に襲われる。
……私は、
「あ、やっぱりされたんだ? いいなあ、いいなあ。何で断ったの? 霧崎君めっちゃいいじゃん。浮気とか絶対しなさそう。親の反対?」
明るく能天気な友人だがこういう沙汰については鋭いし追求も深い。ぼやかして論点を逸らさないと誘導尋問のように余計な事を言ってしまいそうだ。
「そんなに急ぐ事じゃ、ないじゃない? 今の生活を続けたいし――それに、」
最近の彼が目に浮かぶ。顔を見たい声が聞きたいと、半ば見流していたメッセージの通知も随分減った。デートの回数も……家に上がることも。
つきり、と胸が痛む。関係ないって、言ったくせに。
「……彼が今もしたいと思っているかは分からないわ」
「え、何かうまくいってないの?」
友人は身を乗り出す。
「別に……ただ彼は若いし、気持ちは変わるものでしょう。交際経験も多くないみたいだし、一時浮かれて結婚に夢を見ていただけだわ」
「確かに霧崎君モテるのに女嫌いの節があったもんね。葉那ちゃんは葉那ちゃんで高嶺の花だったし。中高通して対立していた孤高の二人が結ばれるって、カップル厨としては是非推したいけど」
彼女は昔から「イケメン」には目がなかったが、自分がどうこうというより追っかけを楽しんでいるようだった。ゴシップ好きというか。結局、当人は誰とも「カップル」にはならなかったが、いつも傍には幼馴染の姿があった。
「茜は早川君とずっと仲が良かったものね。そのせいで、霧崎君とも腐れ縁だった訳だけど」
「仲良いっていうか近所に住んでただけの真の腐れ縁だけど。でも、そのおかげでキューピッドになれたなら幾分救われるわ」
大袈裟に頭を振って、今でもその幼馴染を軽んじる。でも彼女の相手、早川達也こそ傑出した人物だったと今では思う。孤高というが要するに協調性が皆無だった「彼」と私とそして突っ走っていく茜が、曲がりなりにも纏まっていられたのは早川達也の面倒見の良さのおかげに他ならない。茜はもっと彼を大事にした方がいい――なんて言えないわね。
「早川君とはうまくいってるの?」
「うーん。なんというか万年倦怠期? 付き合い長いし。凹も凸もなし」
「倦怠期って、付き合いに飽きて来ること? どんな風になるの?」
「どうって、ううん……まあ、飽きというか慣れというか」
「スキンシップが減ったり?」
「単刀直入に聞きます。セックスレスに悩んでる?」
「ち、違うわ……! 悩んでなんか」
唐突に聞き返され思わず声が上ずった。否定にも関わらず、ふむふむ、と友人は勝手に頷く。
「何か刺激的なことをしてみたらいいんじゃない? 私は最早達也相手にそんなことする気すら起きないけど」
「刺激的なこと……?」
「葉那ちゃん、絶対奥手だよね? エッチの時、ちゃんと彼にしてあげてる?」
「何を? 女性がすることってないじゃない」
「やっぱり……。まあそんな
「積極的?」首を傾げると
「うん、よし、じゃあ実践だね」
友人はキリッとした顔で、一肌脱がんと言わんばかりに立ち上がった。
*
「何、これ……? 重くない?」
友人がベットに仰向けになり、言われるままにその上に
「重くないけどね。完全に乗るんじゃなくて、腰を……ふふ…ふふふ……」
友人は言い終える前に、にやけた顔から妙な笑いを漏らす。
「何笑ってるの? 気持ち悪い……」
「いや、まさか葉那ちゃんが私の上に乗る日が来ようとは……この光景、そっちに目覚めそう」
「バカな事を言わないで。……それより、ねえ、こんな事できないわ」
下から半身の全体が見上げられていて、――これがもし彼だったら、と一瞬でも想像してしまって俯くこともできず両手で顔を覆った。
「その羞恥心も可愛い」
「茜、ふざけてるわね? 正直に言いなさい。本当にこんなことするの?」
やれやれ、と友人は大袈裟に苦笑して見せながら、体を起こした。
「流石、我が校始まって以来の硬派カップルだわ」
「茜は知らないだろうけど、彼はもう硬派の欠けらもないわ」
「ふーん。でも、葉那ちゃんに何も求めないんでしょ? そんな調子じゃ」
「そうだったらいいんだけど」
「口でしたことある?」
「何を?」
「彼の性器を舐めたりしたことある?」
「ある訳、ないでしょ!」
「されたことは?」
「……」
突拍子なく常識外れな事を口に出す、彼女を
「まあ、本当に、他人がとやかく言うことじゃないんだけど。全く応えてあげないっていうのもフェアじゃないんじゃない? 何かしてほしいこと、聞いてあげたことある?」
「……変なことばっかり、言うから」
「変なこと?」
「言えないわ」
「霧崎君は踏まれるのと脚を舐めるの、どっち派?」
「……!」
「そんな驚かれても。分かるわ、全世界の人間が思うわ。その優美な
「意味が分からないわ」
世の中は変質者ばかりなのか、
――それとも世間ずれしているのは自分の方だと言うのだろうか。
「ねえ首輪って……普通なのかしら。ペットに付ける様な」
「え!?」
友人が爛々と目を輝かせるので、しまった、と閉口する。しかし時既に遅く、彼女はどこか興奮したように捲し立てた。
「うん、まあ今はコスプレ感覚も多いんじゃない? ただの視覚的要素。ちょっとエッチな下着を付けるのと同じ。全然極めて普通。みんなしてる」
鼻筋を抑えながらぐっと親指を突き立てる。
「葉那ちゃんに首輪……中々分かってるわぁ……う、羨ましい」
どうもこの友人を世間一般の意見として相談するには、頼りないことに今更ながら気が付いた。自分の交友関係の狭さを嘆くしかない。
「きゃっ」
ドサっ
友人から家に届いた小包を開けてみて、思わず取り落とした。
――ネットで注文しておいたから、届いたら練習してみてね! あとDVDもおススメをセレクトしたから彼氏と観てね!
透明な、男性器を模した
一体何を練習するというのか。
これを、舐めてみて……?
「そんなことで彼が喜ぶわけ……」
そもそも別に喜ばせたい訳でもないし。
これも友人の悪ふざけだろう。
でも……
――直視したことないけれど、これが……
視線を向けかけて、止めた。
馬鹿みたい
友人には悪いが処分する他ない。目を背けながら包み直し、とりあえずクローゼットの奥深くに押し込んだ。
それから、DVD……?
恐る恐るパッケージを見ると、もう一方は普通のロマンス映画のようだった。
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