第25話 罰をちょうだい。


「できた、できたわこれで完成ね!」


 最後に壁に時計を掛けて、ソファにばふと腰を下ろし弾んだ。家具店で見繕ったお気に入りのソファだった。

「そんなにはしゃぐお前、初めて見た」

 彼は可笑そうにして隣に掛ける。でも穏やかに微笑んだ。

「よかったな」


『お泊まり』の翌日に呼び出されて、もう何もかも終わりだと最後の自由仕事も失うのだと抜け殻の様に正座していたら――部屋の鍵を渡されたのだ。

 曰く、

 一度家を離れてみなさい。何もかも自分で自分の世話をして、お前が選んだ労働から得られる給金だけで生活をしてみなさい。

 ――できるものなら、という言外の意図で。 

 海外駐留時にはお手伝いさんでも雇っていたと思い込んでいるのかしら。確かにそういう人もいるけど。給与口座以外を取り上げられたのには心許無さがないと言ったら嘘になるけど、新作の靴や鞄、洋服マノロやエルメスの案内を無視すればなんてことはない。


 それに『普通』はこれに家賃を払ったり運転手付きの車も雇わないといけない。同僚にできてできない筈がない。まあ、結構親元にいる人も多いようだけど。


 送迎の車は監視を兼ねてだとしても――

 お父様の方こそちょっと考えが甘いのね。

 すぐに泣き付いて戻るだろういう期待を裏切るのは気が引けるけど、僅かの間でも精一杯謳歌しよう。

 きっと、がくれたものに違いない。

 何も言わないし会ってもくれないけれど、私の存在を消してしまったわけではないんですね――いつだって、一番理解して一番先に手を差し伸べてくれる人。


 あなたも望んでいることなら


「俺にご褒美は?」


 期待気な顔をする頬にキスをした。

「今のはテレビを接続した分?」

 甘えるように体を擦り寄せて来る、彼には生活の準備を随分手伝ってもらった。

 きっとこれも父の誤算。

 どこまでいつまで気付かれないか知れないけど、見合い話が届くうちはきっと大丈夫。


「残りは夜ね。一緒にいてくれるでしょう?」

「もう夜かと思った。夢じゃないのか」

 

 彼とは関係を持ってしまった。

 結婚させないなんてそそのかされて

 真に受けた訳じゃないけれど

 それくらいは許されないと生きていけないわよね

 初めてはと――


 彼を好きだと認めましょう。

 あの人に感じるような身の焦げる想いと比べなければ

 一緒にいると楽しくて重石が取れたように楽で

 傍にいたいというよりいて欲しい

 その気持ちで許されるなら

 性欲を感じることが証なら

 

 簡単に口にする、

 貴方の気持ちもどこまで本気か知れないけど

 私の願う愛じゃなくても裏切ったなんて言わない

 性愛だっていい


 大人の関係で、

 今度は本物の恋人。

 


 



「ねぇ、もう――頂戴?」

「ん……いや、もうちょっと」


 もう丹念にキスをして撫でて解して

 じれったい


「未だ葉那には痛いから……」

「痛くていい」

「言うなって。気持ちよくするから、」

 違う

「お願い……痛いのがいいの」

「――え?」


 あの肉を割り入れられる痛み

 あれが本当に起きていること

 麻薬のプールに投げ込まれる前に

 本当に肉体に起こっている正常な感覚を覚えたい

 痛みがちゃんと伴わないと

 自分を失ってしまう


「ねぇ……早く」

 痛みが薄れてしまう前に

「……止めるから、言えよ」

 重くてにぶい、痛みが磨り潰していく

 茎に針を通すような無理

「ッ……」

 でもこれでいい

 やっと与えられた正常な罰

 もっともっと足りないはず

 許されるくらいの罰がもっと欲しい

 もっと――


 なのに亀裂が入るように

 甘い痺れが襲ってきて

 

 擦れる度にもっと抉って欲しくなる

 だめだ、また――

 もっと早くなっている

 痛みが抜け落ちる間隔が


「あっ、ああ……」


 思い出さなきゃ

 恩知らずで御免なさい

 結局応えられないのに御免なさい

 届く恋に自分を騙して御免なさい――


 全部が快感に塗り潰されていく……

 

 なんだっけ、すごく、しあわせ……




 

「ねえ先生、」

「何でしょう?」


 強炭酸水のペットボトルを軽く投げ渡される。蓋を回してすぐ溢れないようぐいと口に含んで嚥下するとシュワシュワと体が潤っていく。


「性行為って、あと何回くらいできるのかしら」

「幾らでも」

「一回ごとに脳細胞が半分くらい死滅しちゃうようなのだけど、どれくらいで仕事に支障が出るのかしら」

「そういう作用はないので大丈夫です。むしろ神経伝達物質が分泌されてストレス軽減や意欲向上にも効果的でしょう」

「都合の良い情報しか伝えないタイプのお医者さんね」

 憤慨しても軽く笑って流される。


「そう言えば結局、俺に教えて欲しいことって何?」

「……貴方のこと、かしら?」

「何で疑問形なんだよ」

って、私より先に答えを知っている時があるのよね」

「意味不明だが何となく分かるな。葉那はずっと前から、俺のこと好きだったからな。ようやく追いついて良かったな」


 子供みたいにぽんぽんと頭を叩かれる。調子に乗っちゃって。


「そう言えば、ちゃんと言葉で聞きたい。俺のことどう思っているのか、教えて?」


これが初めてになるのかしら

目の前のこの人への感情を『私』はどう思う?

全部考えなくていいのなら―― 

 

「貴方が好きよ、霧崎君」





〈第4章 本物の恋人/了〉

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