追いかけてくる足音

牛丼一筋46億年

足音

 足音が聞こえるようになったのはいつからだろうか。

 それは決まって夜に聞こえる。

 会社が終わり、家までの道を歩いていると、それは聞こえてくるのだ。車の往来の多い中央道路を抜けて、街灯のない住宅街の路地を歩いている時に、それは聞こえてくる。 

 私の後ろから誰かがつけてくる、確かな足音が後ろから聞こえるのだ。

 一定の間隔を保ちながら、ペタリペタリとその足音は私が一歩踏み出せば、一歩踏み出し、二歩歩けば、二歩歩く。思い切って振り返ってみても誰もいない。

 しかし、確かに足音は聞こえるのだ。


 一度だけ妻に相談してみたことがあった。家に帰り、夕飯を食べ、テレビを見ながら妻に「足音が聞こえる」と夜道での出来事を話してみたのだったが、妻は興味なさそうに「そう」というだけだった。きっと私の話など最初から聞いていないのだろう。

 彼女がことさら酷いとか、我々の関係が冷めきっているとか、そういう訳ではないと思う。誰もが私に対して無関心なのだ。

 会社でも、会議中に意見を求められて発言をすると、皆、「うーん、なるほど」と唸ったあとに、「ところで・・・」と私の意見は黙殺されてしまう。

 昔からそうなのだ。私は目立つことのない少年だった。たとえば、熱を出して学校を休んでも、休んだことを同級生にも果ては先生にも忘れ去られてしまう、そういう少年だった。

 それ以外にも、たとえば外食に出かければ、注文したものを忘れ去られ、いつまで経っても料理が運ばれてこないなんてことも珍しくない。

 ある時期に気が付いたのだが、きっと世界は私に対して徹底的に無関心なのだと言うこと。そして尚悪いのは私も私に対して無関心なのだった。


 だから、足音は最初こそ不気味だったのだが、今ではほんの少し愛おしさすら感じる。なぜならば、幽霊なのか何かは分からないが、この世界に、こんなつまらない私のことを追いかけてくれる何かが存在するのが、ちょっとだけ嬉しかった。

 私は、その路地を通るのが毎日のささやかな楽しみになっていた。


 ある日のこと、会社の帰り道にその路地を歩いていたら、いつものように足音が聞こえた。

 しかし、よく聞くと足音が普段とは違う。一体何が違うのだろうか、試しに一歩歩く。すると、ペタリペタリ・・・と足音は二歩進むのだ。

 今度は二歩歩いてみる。すると、ペタリペタリペタリ…足音は三歩進む。

 思わず振り返る。もちろん誰もいない。


 足音は今、確実に私に近づいていた。


 普段は必ず一定の間隔を保ち、私には近づかない足音が、今日は一歩ずつ確実に近づいてきている。

 全身が総毛立ち、私は早く路地を抜ける為に全速力で駆けた。

 私の走るスピードに合わせて、後ろで確かに足音が聞こえる。そして、足音は確実に近づいてくる。それでも私は走るスピードを緩めることは出来ない。

 走る走る走る、しかし、足音は私の真後ろまでやってきている。

 足音は私の後ろをびったりとくっついてくる。走りながら振り返る、もちろん誰もいない。それでも走る。

 すると、足音は私を追い越していった。

 そして、足音は今、確かな形を成して私の前を走っていた。

 それは私だった。その後ろ姿は確かに私なのだ。

 私は私の前を全速力で走り続ける。私は私に追いすがる。しかし、追い付くことは出来ない。

 足音の正体がなんなのかは全く分からない。でも、今、確実に言えることは、私は私を追いかけている。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追いかけてくる足音 牛丼一筋46億年 @gyudon46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ