第5章 包囲網

第91話

 由香里の足にやわらかな体が押しつけられた。

 銀地ぎんじに黒の縞模様しまもよう。猫のチャシュが金の目で、由香里を見上げてほほんだ。

「おかえり、由香里」

「ただいま、チャシュ」

 由香里は、ほほ笑みしゃがんでチャシュとアズキをなでなでした。

「由香里!」

 悲鳴のような声がして、由香里は驚いて立ち上がった。

「その髪⁉ どうしたの⁉」

 金髪碧眼きんぱつへきがんの美女アイリスが、顔面蒼白がんめんそうはく

「あぁこれ。邪魔じゃまだから自分で切った」

 ことげに言う由香里。

「じょ、冗談じょうだんでしょ⁉ ありない。あり得ないわ!」

 アイリスが驚きり天をあおいだ。

「あんな綺麗きれいな流れるような黒髪を、邪魔だから⁉ だったらえばいいじゃない! んーもう、これじゃあ、かわいい美少年じゃないの。んー、どうしましょ。んー、髪を切りそろえなくっちゃ。んー、でもそれじゃあ、さらに短くなっちゃうわ。んーもう」

 由香里のベリーベリーショートヘアーをなげき悲しむアイリス。ひとりで大騒ぎしている。

「アイリス、部屋に戻るよ。スープを飲みながら本の話を聞こう」

 チャシュがふわりとアイリスの肩に飛び乗った。

「由香里の髪が伸びる過程かていを楽しめばいいんじゃないかい」

「んー、それはそうだけど。んー、んー、そうね。わかったわ。由香里、こっちよ」

 アイリスは石化した本とたなくずれ落ちた砂山すなやまの間をって進んでゆく。由香里はウサギを抱き上げると、その後をついて行った。

 アズキは鼻をクンクンさせてにおいをいだ。本のやかたただようのは石のにおい。耳をすませばサラサラと砂の崩れる音がする。

「チャシュ、俺と由香里はどのぐらい本の中にいたんだ?」

 前を歩くアイリスの肩の上、チャシュが振り向いて答えた。

「一週間だよ」

「一週間⁉」

 アズキが驚きの声を上げ、由香里は耳を疑った。

「……マジかよ。何年もいた気がしたんだけどな」

「私は何十年もいた気がする……」

 アイリスが館の壁に手をれるとドアが現れた。

 ドアをくぐると部屋の中、木造もくぞうの部屋に入ってホッとした。木の匂いがする。ここには石も砂もない。

 何はともあれ腹ごしらえ。ということで、スープを飲んで満腹満足。

 アズキと由香里はナルシィの話しをした。アイリスは話を聞きながら、シャキーン! とはさみを取り出して由香里の髪をチョキチョキと切り揃えた。テンション高いアイリスの声、落ち着いたチャシュの声、耳慣みみなれたアズキの声……。いつしか由香里は夢の中、白い白いっ白な夢の中へゆっくりと吸い込まれていった……。


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