"大事な友達"

RIISA

"大事な友達"

いつからだろう、トモコが笑わなくなったのは。


いつも明るく笑っていたトモコ。

気付いたら、機械みたいに笑わなくなっていた。

無表情で板書する姿はまるで、ノートに殺したい人の名前を書いているサイコパスのように見えた。


「あなたと会わなきゃいけない日は、心の鎧を何重にもして、武装しなくちゃいけなくなったの。」

あれ、トモコはわたしのこと、"あなた"って呼んでいたっけ?

「いくら言葉をかけられてもダメなんだよ。行動がすべてなんだよ。」

トモコは静かに言った。深くて長いためいきのようにも感じた。

どういうこと?


「わたしのことを大事に思ってくれてたって信じてるから、この曲をあげるね。

共感してくれるところがあるといいな…」

そう言って渡されたCD。トモコの好きなアーティストの曲だ。

そのアーティストは、恋愛ソングのカリスマで、わたしはファンというわけではないが、恋人の前で有名どころのラブソングを歌ったこともある。

そのアーティストを全く知らないわけではないわたしでも、トモコから手渡されたこの曲は知らない。

おそらく、あまりメジャーな曲ではないのだと思う。


トモコはCDだけ手渡して去ってしまった。


いまどきCDで音楽を聴く人は少ない。

手間をかけずとも、いまはすぐに音楽を聴ける時代だ。

CDって…聴くの面倒だな。


――――と、彼女は思っていることだろう。

そもそも、媒体を持っていないと、CDを聴くことはできない。

わたしは、彼女にあの曲を聴いてほしいんじゃない。

わたしがあげたCDを聴くために、わざわざパソコンを起動してくれるのか、聴く媒体がないのなら、ネットで曲名を検索してくれるのか、

そんなふうに、自分のために行動してくれるのか、試しているのだ。

「大事だよ。友達だもの。」

彼女はそう言って泣いた。

わたしをこっそり仲間外れにして他の友達とカフェに行っていることも、わたしのかつての恋人と夜な夜な漫画の話をしていることも、気づいている。

「昔の彼が忘れられなくて…」

そう打ち明けたわたしの話を、退屈そうに聞いていたのも、覚えている。

信じられない。でも信じたい、友達だものと泣いた彼女を。

だから、このCDを聴こうとするかしないかで、答え合わせをしようとしているのだ。


結局、彼女から「曲を聴いたよ」という報告はなかった。

「お父さんのパソコン壊れててさ、聴けなかったんだ~」

そうなんだ、とわたしは無機質な笑顔を向けた。

いつからだろう、心から笑えなくなったのは。


それ以降、彼女と会話することは二度となかった。


気付かなかったよ

本当にごめん

って、思ってほしかった。

わたしから笑顔を奪ったあなたに。

声をきかせて

って、言ってほしかった。

もうあなたの側に、わたしはいないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

"大事な友達" RIISA @riisa_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る