隆太郎とみんな
「本当はこちょこちょしてもよかったんだよ〜?ヘヘ。」
するとお兄さんが言った。
「みんな、してほしそうな顔してるよ?ちょっと遊んだら?」
お姉ちゃんに、スイッチが入った。
「よっしゃ!誰からいこうかな〜?あ。かなこちゃんとあいとくん逃げた。りゅうくんは?逃げなくていい?今は見てる?」
「こっこまでおいでー手の鳴る方へー!」
佳菜子が煽ってそう言って、愛翔は吹き出した。お姉ちゃんは、隆太郎のことはお兄さんに任せることにした。目でお兄さんに合図する。
「煽ってくれたな〜?待てーっ!かなこちゃん捕まえたーっ。」
「きゃははっ。くすぐったい!」
「あいとくんも笑ったでしょ!あとで捕まえるからな〜。」
愛翔は笑いながらキッチンの奥に逃げて隠れた。その姿を見て、お姉ちゃんはふふっと笑った。
「あいとくん出ておいで。遊ぼう!」
この時点で、お姉ちゃんは愛翔に2つの試練を課している。1つは「注目されているところに出てくる」こと。もう1つは「あとでくすぐられるという緊張の中動く」こと。
なかなか愛翔は出てこなかったが、お姉ちゃんは迎えに行く気がないようだ。でも、頭の中では、愛翔がどんな行動をとってもいいように、いくつかフォローの手立てを考えていた。緊張してるだろうな、とお姉ちゃんはずっと思っていた。その反面、どうするかな、と少し楽しみでもあった。
いつまで経っても出てこないので、お姉ちゃんは待ちかねて、キッチンをこっそり覗いた。愛翔はうずくまって、こわばった顔をしていた。これは手助けした方がいいな、と思った。カウンターの上から顔を出して、愛翔に声をかける。
「あいとくんここにいたのか。見〜つけた。」
それでも愛翔は笑えず、動けなかったので、お姉ちゃんはキッチンに入って愛翔に小さく聞いた。
「私が連れてっていい?持ち上げるけど。」
返事がない。また小さく聞いた。
「遊びたいでしょ?」
愛翔はお姉ちゃんの声よりも、もっと小さく小さくうなずいた。
「分かった。足も疲れたでしょ。1回出ておいで。よし。」
動くことができた愛翔は、少し嬉しそうだった。
「じゃあ再開ね。かなこちゃん、待っててくれてありがとう。お兄さーん。りゅうくんどうですか?」
隆太郎とお兄さんは、3人の邪魔にならないように、ソファーの後ろに移動していた。お姉ちゃんが見に行くと、隆太郎はにこにこしていた。初めて見る笑顔に、お姉ちゃんは嬉しくなって、聞いた。
「何してたの?」
お兄さんが答える。
「遊んでただけだよ?ねー。」
隆太郎も、お兄さんと一緒にうなずく。とても楽しそうに。
「もーう。りゅうくんったらー、かわいいんだから。」
お姉ちゃんは隆太郎の頬を両側から挟んだ。やっぱりかわいい。お兄さんが言う。
「幼稚園の子たちとはまた違うかわいさがあるよね。」
「ああ。分かります。大人にはなりきってない幼さというか。」
「そうそう。あら、りゅうくん照れちゃった。」
「またかわいいな〜。2人が待ってるけど、一緒に遊ばない?」
隆太郎は少し考えてから、うなずいた。
「よし!何するかはりゅうくんが決めていいよね。かなこちゃん、あいとくん?」
2人はうなずいて、佳菜子が言った。
「かなこがカード持ってくる!」
「ありがとう。」
佳菜子がいつものカードを持ってきた。ブロックと、散歩と、お絵描きと、ねこじゃらし。それをお姉ちゃんに渡そうとする佳菜子を、お姉ちゃんが遮った。
「かなこちゃん、りゅうくんに見せてあげてよ。ふふ。緊張する?大丈夫だって。失敗しないから。ほら。りゅうくんが待ってるよ。どうぞって。」
佳菜子はまだ、少しだけ隆太郎に近づけないでいたが、お姉ちゃんが隣に座って、動くように少し促したところで、カードを見せることができた。お姉ちゃんが2枚のカードを持ってくれて、佳菜子がもう2枚のカードを持つ。
「選んで選んで。」
なかなか隆太郎は指を差さない。
「りゅうくん迷う?いいことだよ。迷いな迷いな。」
隆太郎は、内心みんなと遊べるならなんでもよかった。うまく動けないし、どれでもいいしで、指を差せずに長い時間が経った気がした。お姉ちゃんが口を開いた。
「そっか。りゅうくんは書けるんだ。書いてもいいよ。ノートあるでしょ。なんでもどうぞ。」
『みんなで遊べるなら、なんでもいいよ』
「よしきた。かなこちゃん、あいとくん、りゅうくんがなんでもいいって。2人で決めて。」
お姉ちゃんは佳菜子にカードを渡した。でも、2人とも動き出す気配がない。お姉ちゃんが手を貸す。
「せーので指差してね。いい?せーのっ!」
しーん。
「しーん。じゃなくて!また私が決めることになるけどいい?まあ、私が決めたらどうなるかは分かってるだろうけど。」
佳菜子はくすっと笑って、愛翔はそれを見て分かったらしく、にやっと笑った。
「分かった分かった。追いかけっこから始めて、捕まったら10秒こちょこちょね。まだみんな寝てるから、静かに。ルールはこれだけ。りゅうくんも、いいかな?」
隆太郎はうなずいた。でも、隣にお兄さんがいて、どきどきしている。逃げられなくて捕まったらどうしよう。
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