隆太郎について

 お姉ちゃんはドアに看板を掛けて、隆太郎を中へ入れた。

「鉛筆でお話するよ。りゅうくんなら、できると思って。」

と言いながら、お姉ちゃんはノートに、

『あのときどんな気持ちだったか教えて?それか他に伝えたいことがあったら何でもいいよ』

と書いた。隆太郎はどきどきしていたが、お姉ちゃんが机に腕と顎を乗せて、見てないアピールをしたところで「知ってほしい」という気持ちが大きくなって書き始めた。

『さっきのゲーム、したことあるよ』

 鉛筆の音が止まって、お姉ちゃんが、書き終わったんだなと気づく。少しして顔を上げる。

『そうなんだね。名前は知らなかったのかな?バースデーチェーンゲーム。』

この文章を見て、隆太郎はうなずきかけたが、書くならどう返事を返していいのか分からず、鉛筆が止まっていた。それを感じて、お姉ちゃんはノートに追加する。

『名前知らなかった   知ってた   ←どっちかに丸つけて!』

丸をつけるくらいなら、見られていてもできる。隆太郎は、「知らなかった」方に丸をつけた。会話のテンポが上がる。

『だよね。さっきは指を動かせてよかったって思ってる?』

『いや』

『しゃべりたい?』

『しゃべりたい』

『そうだね。書いてあることなら読める?上のしゃべりたいっていうのとか。』

また隆太郎に緊張が走った。読みたい気持ちはある。でも、いざ口を開こうとすると全く動かないのだ。

『今はできなくても、絶対いつかできるようになる。できないっていうことは、今はまだそのときじゃないってこと。大事なのは今どうするか。私も、一生喋れないんじゃないのかって不安だった。りゅうくんもそうだと思う。それで、心を開くのをやめたときがあったんだ。でも、ちょっとずつ開いていって、鉛筆で話したりしていくうちに、喋れるって思えてきた。そこから声が出るまでは、あまり時間はかからなかったよ。何が言いたいのかって、今できないことは無理にやらない。人とか物を頼る。頼っていい。それだけなんだけどね。何か私の話で言いたいことある?』

『でも、しゃべりたい』

『分かった。毎朝、起きてきたらおはようって練習しよう。決まった言葉なら言いやすいでしょ。いい?』

『いいよ』

『うん。じゃあお昼だ。たくさん話したね。行こう。』

お姉ちゃんが立ち上がると、見計らって隆太郎も続いた。隆太郎はあとからこれを思い出して嬉しくなっていた。これまで、友達に遊ぼうと誘われたって、いいよと返せなかったから。


 それから隆太郎は、お姉ちゃんにもらったノートを持ち歩くようになった。

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