父親の傷付き易い部分

そうざ

Dad's Vulnerable Part

「家族が顔を揃える機会が増えたなぁ」

 ベッドに横たわったまま親父おやじが陽気に言った。

 俺はどうリアクションして良いのかが分からず、傍らの母親を窺った。表情がない。きっと疲れているのだろう。

 それに比べて親父はやけに明るい。入院する前よりも元気がある。とても闘病中には見えない。末期癌だなんて未だに信じられない。


 半年前の或る夜、ゲーセンで遊んでいたら母親から突然、電話があった。親父から大事な話があるとかで、直ぐに帰って来いと言う。妙に深刻な声だった。

 仕方なく帰宅すると、妹がむくれていた。カラオケで盛り上がっていた時に呼び戻されたらしい。

 家族が集合すると、親父は新聞から顔を上げてさらっと発表した。

「お父さんは癌になりました。今後はそのつもりで宜しく!」

 太目の針が食道を落ちて行くような感覚に襲われ、耳の奥がキーンと鳴った。親父は会社の健康診断で引っ掛かったとか何とか話を続けたようだったが、俺はほとんど覚えていない。覚えているのは、母親が涙ぐんでいて、妹が泣くのを我慢してた事くらいだ。

 翌日から家の中はばたばたと落ち着かなくなり、気が付けば見舞いに通う日々が始まっていた。


 俺達は、親父の一言一言にしっかり耳を傾けるようになっていた。

「最後に家族旅行に行ったのはいつだったっけ?」

 心の何処かで、これが最期の言葉になるかも知れない、という思いがあった。

「実は、箪笥の抽斗の三番目の奥に臍繰へそくりが入ってるんだ」

 他愛のない発言に何か大きな意味合いが含まれているかのようで、俺は涙も噛み締めた。


「因みに何癌?」

 病室の隅で妹が不意に口を開いた。

 そう言えば、俺達兄妹はそういう詳しい事を聞いていなかった。それにしても、あんな風にはっきり訊ける妹は或る意味で羨ましい。

「傷付き易い部分の癌だ。要するに、お父さんの傷付き易い部分が癌に犯されてるんだな。説明になってないか? そのまんまか? はっはっはっ」

 自分の発言に自分でウケるのが昔からの癖だ。俺は愛想笑いも冷笑もせず、そのまま会話は途切れてしまった。

 正直に言うと、もう見舞いが面倒臭くなっていた。病状は良くも悪くもなっていないようで、余命三ヶ月と言われていた癖にもう一年が過ぎようとしている。母親は、入院費ばかりかさんじゃって、とこぼすようになった。

 傷付き易い部分が犯されるとその部分は鈍化するのか、それとももっと鋭敏になるのか、治るのか、治らないのか、俺はそんな事を考えながら、親父の横顔ってこんな感じだったのかとか、親父ってこんなに白髪があったんだとか、どうでも良い事を思った。妹はケータイの操作に夢中だ。

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