第19話 幽霊になった
「あ~あ、終わった。今度こそ本当に俺は終わった。」
キャア――と、俺が落ちるのを目撃した人が 悲鳴を上げている。
屋上を見ると、課長の姿は既になかった。
「俺がどうなったか気にならないのかよ、」
「先輩、一緒に行きましょ、私…もうこの世に未練はない。」
「たちばなぁ……」いつの間にか橘が 俺の傍に浮かんでいた。
「俺、まだ行けない。涼子が幸せになるのか見届けないと行けない!」
「先輩……」橘は、再びスーと消えていった。
涼子の事はもちろんだが、課長のこの後も気になる。
なにせ俺は「課長――やめてくれ――っ!」と、大声で叫んで落ちたのだから、
どうにかなってくれないと意味がない。
俺が望んだ通り、後日課長は逮捕された。
あの日課長は 橘の亡霊を見たり、俺がいきなり飛び降りたりとショッキングな予想外の事が起こり、慌てて屋上から逃げたため、監視カメラに映ってしまっていたのだ必死の形相でドアを開けて逃げて行くところがハッキリと映ってた。
そして、俺の手首の圧迫痕から課長のDNAが検出され、課長の犯行は決定的と思われたが 本人は今だに認めていない。まあ当たり前だがしぶとい、一応送検されたが
有罪になるか、無罪になるかは分からない。 それでも俺は、課長が非常に悔しい、
苦しい思いをしているに違いないと思うと、それだけで満足だ。
もちろん、会社は退職させられ、上司の娘だった奥さんには離婚された。自業自得だ
涼子は俺の死をテレビのニュースで知り、泣き崩れた。俺はその様子を涼子の部屋で幽霊になって見守っていた。俺も泣いた…ごめんな、ごめんなと言いながら…
本当に俺って奴は…他に方法がなかったのか…そもそも自殺なんかしたのが間違いだった。でも、もう後悔しても遅い。
やがて春になって課長は 一審の裁判で有罪になった。だが二審でまだまだ戦うようだ。俺と変体を繰り返していた猫は、あれから涼子のアパートに戻り世話になっている。おとなしい猫なので大家さんに頼み込んで許可してもらったようだ。
名前を改めてユウと名付けられ涼子を癒している。俺も傍にいたくて涼子の部屋の
霊として居座っている。
おれの死のしばらくは落ち込んで沈んでいた涼子だったが、4月に入った頃から少し
元気になった。ユウに「今日ね、可愛い子が転勤してきたのよ。優にチョット似ているの。」と話していた。「えーっ、もう?」俺の死から4か月が経った頃だ。
いつまでも引きずられても困るが…気持ちの切り替えが早いなあ…まあ、涼子も
28歳だ。しょうがないか…とは言え、その後も毎日定時に帰宅しているので付き合っている様子はない。猫のユウのことが気掛かりなようで 帰宅後すぐに餌を与えている。動物を飼うと結婚が遠のくと言われているが、そうなのかも知れないと思う。
そして、夏が来た。7月26日は涼子の誕生日、20代最後の年だ。
去年はふたりでお祝いをした。夜景のきれいなレストランでワインを飲みながら
旨い肉を食ったなあ… 今年は涼子の部屋で幽霊になっている。人の運命は分からないものだ。
その日、涼子は朝からお洒落な服を着て楽しそうだった。ユウに
「今日は仕事が終わってから 彼が誕生日のお祝いをしてくれるの。だから少し遅く
なるけど待っててね。カリカリを多めに入れておくから一度に食べ過ぎないでね。」
と話していた。
(え?彼って、前に言っていた俺に似ているって奴かぁ? あー、遂にこの日がきたか…)
涼子はいそいそと嬉しそうに出かけて行った。やはり猫でも化け物でも生きてりゃ
良かったかなあ、涼子に彼氏が出来るのは辛い、どんな奴なのかついて行こうかとも思ったが それじゃあお化けのストーカーだ。
その夜、涼子は10時過ぎには帰って来た。本当に食事だけのようだ。帰宅したら真っ先にユウに言った。
「ごめんね、ごめんね。お腹が空いた?今、猫缶開けてあげるからね。」
ニャー ゴロゴロゴロゴロ ユウは甘えてみせた。猫がいるという事はいいことだ。
それからしばらくは また平穏な日々が続いた。
そして9月のある土曜日の朝、涼子はまたユウに気まずそうに言った。
「今日ね、夕方、彼がこの部屋に来るの。だから驚かないでね。彼の誕生日なのよ 私の手料理が食べたいって言うので ここでお祝いをする事にしたの。ユウも一緒に
お祝いしてあげてね。」
(なんだそれ、図々しい奴だなあ、部屋に上がり込む気か…下心見え見えじゃないか!)
ユウは、プイッとそっぽを向いた。
(そうだ、そうだ!奴が来たら引っ搔いてやれ!)
俺は自分が涼子の部屋に押しかけて同棲してしまった事などドーンと棚の上にあげて
彼を批判している。涼子には幸せになって欲しい。だから相手に対しては当然厳しくなる。いい加減な気持ちで涼子に手を出して欲しくないのだ。
俺のそんな思いをよそに、涼子は買い物から帰ると いそいそと料理を作り始めた。
スープにサラダ、メインはローストビーフだ。添えるのはマッシュポテト、ケーキは
ケーキ店で買って来たようだ。俺の好きなヤツ… ワインも冷蔵庫で冷やしている。(おいおい… 飲ませたら帰らなくなるぞ、あーヤキモキする!)
夕方、ドアホンが鳴った。奴だ!奴が来たんだ!
嬉しそうな顔をして 涼子は急いでドアを開けた。
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