猫と飛んだ日
@manju70
第1話 12月1日
今日は朝からずっと曇っていて、夜なのに月も星も見えない。
それでも地上の明るさが低い雲を照らし、ぼんやりと明るい。
クリスマスが近いので街はイルミネーションでやたら明るいのだ。
俺は今、8階建ての雑居ビルの屋上にいる。日付は20xx年12月1日午後9時、
今日が俺の命日になるだろう。この後この屋上から飛び降りて死ぬからだ。
俺は斉藤優、4ヶ月前までは こんな事になるとは予想だにしていなかった。
4ヶ月前の8月、俺の勤めている会社の女性社員が会社の屋上から飛び降りて死んだその女性は俺と一緒に仕事をしていた後輩で橘美由という。
彼女は遺書を残していなかったので事件性が疑われ、警察の捜査で彼女が妊娠していた事が分かった。よく一緒に営業に出たりして先輩と呼ばれ 慕われていた俺は真っ先に疑われ、社員達からも二人で食事をしているところを見たとか、親しくしていた
とか、憶測でいろんな事を言われていたらしい。しかし、屋上の監視カメラにも橘以外の人物は写っておらず、警察は自殺と判断し 事件性はないものとされた。
だが、社内はそれでは済まなかった。橘のお腹の子は俺の子ではなかったのかと、
まことしやかに噂され、そのうちそれが噂ではなく真実の様に定着してしまった。
もう俺が違うと言っても誰も信じてくれない。 人は納得できるものを真実と思う
ようだ。
俺には本当に愛している本田涼子という2歳年上の彼女がいる。自分の部屋はそのままにしていたが 彼女の部屋に入り浸り、半同棲状態だった。彼女にも今回の経緯を話したら 「そんな噂、その内に消えるわよ。」と励ましてくれた。
彼女が信じてくれたので、それを心の糧として頑張って行けると思っていた。だが、
ある日 直属の上司木村課長から呼び出され 配置転換を言い渡された。地下の暗い
倉庫のような部屋にただ一人 備品を管理する仕事だ。各部署から足りなくなりそうな物をメールで知らせて来ると、俺がその部署に届けるのだ。誰でも出来る、やりがいなど何もない。そのうえ俺が依頼されたものを持って行くと、その部署の全員から
冷たい視線を浴びせられ 小声で悪口だの目くばせだの・・・毎回そうなのだ。
いたたまれない、ボディブローのようにじわじわと俺の心を痛めつけてくる。
涼子の部屋に泊まっても気持ちは全然晴れない。涼子も当初こそ優しく励ましてくれたが 俺が日に日に落ち込んで来ると、半ば諦めたようで ほっておかれる事が
多くなって来たのだ。(このままじゃ捨てられるな)そう思っても落ち込んだ気力は
上がってくる事は無かった。
そして今日、俺は倉庫でメールが来るのを待っていたが一件も来なかった。何もせず
一日が過ぎた。何もする事がないのは 依頼されたものを持っていき 冷たい視線を
浴びせられるより辛い気がする。世の中から一人取り残され 暗い倉庫の中に閉じ込められている様な・・・そんな気がした。
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