「二人の公園で」
青谷因
二人の公園で
僕は、その日も仲良しのゆうちゃんと、公園の砂場で遊んでいた。
わりと近所の幼馴染で、お互いの家に行き来もして、ゲームをしたりして過ごすこともあった。
ふと、後ろで僕の名前を呼ぶ声がした。
「せいちゃん、清汰っ」
母さんの声だった。
見回すと、すっかり日も暮れようとしていた。
暗くなってきたのを心配して、母さんが迎えに来てくれたらしかった。
「ゆうちゃん、そろそろ帰ろっか」
「あっ。せいちゃん!」
立ち上がった僕の足元をじっと見つめていたゆうちゃんが、何かに驚いて声を上げた。
そしてその言葉に、僕は耳を疑った。
「せいちゃん、消えかかってる!」
「えっ。」
言われて僕は自分の足元を見ると、本当に、地面がうっすら透けているのが分った。
「えっ、ええっ?!」
僕は、一瞬何が起こっているのか分らず、混乱した。
よくよく見ていると、足元だけでなく、じわじわと身体全体がだんだんと色を失い始め、周りの景色が透けて見え始めたのだ。
―どうして??
「僕・・・消えちゃうの??なんで??どうしてっ?!嘘!」
ゆうちゃんが立ち上がり、取り乱して叫んでいる僕をじっと見つめると、涙を目に溜めて、搾り出すように言った。
「せいちゃん・・・行かないで・・・!」
「!」
・・・ああ。
その言葉で、僕はようやく思い出した。
そうだった。
僕は、公園に行く途中で、車にはねられたんだった。
死んじゃったんだ、僕。
だから、消えようとしているんだ、ということを。
ゆうちゃんは泣き叫びながら、必死で僕の身体をつかもうと手をじたばたさせていたけれど。
ずいぶんと薄くなってしまった僕の身体は、ほとんど景色に溶け込んでしまっていた。
「いやだよ!行かないでよ、せいちゃん!ひとりにしないでよ・・・・」
悲しい声だけが、僕の頭に響いてきた。
『さよなら、ゆうちゃん』
そう言葉を残して、僕は、僕の行くべきところに向かうために、そっと目を閉じた。
次に僕が目覚めた先は、天国でも地獄でもなく、病院のベッドの上だった。
僕が目を開けたのに気づくと、椅子に腰掛けていた誰かが立ち上がり、聞き覚えのある声で、名前を呼んだ。
「せいちゃん!」
母さんだった。
事故にあって病院に運ばれてから丸二日、僕はピクリとも反応しないで、ずっと眠ったままだったらしい。
少しして、当時の記憶がだんだんと思い出されてくると、僕はあることに気が付いた。
「ねぇ、母さん、ゆうちゃんは?」
医者と看護士を呼んで戻ってきた母に、問いかける。
「違う病室にいるわよ。ゆうちゃんも、早く意識が戻るといいんだけど・・・まだ眠ったままなの」
何故か、胸騒ぎが止まらなかった。
いつもの公園に行く途中で、僕は確かに車にはねられた。
ゆうちゃんと一緒に、空へ飛ばされたんだ。
「母さん」
「何?」
「僕、ゆうちゃんに会いたいんだけど」
「だめよ。まだ動ける身体じゃないんだから。元気になったら、お見舞いに行きましょうね」
苦笑した母に諭され、そのときは渋々と諦めたのだけれど。
たぶん。
無理を押して駆けつけたとしても、きっと間に合わなかった。
ゆうちゃんは、僕が目覚めたあと、少ししてから。
更に深い眠りについてしまったのだから。
その直前、ゆうちゃんの目からは、涙が溢れていたことを聞いた。
悲しそうな、寂しそうな表情に見えたという。
そのままゆうちゃんは、二度と目を覚ますことはなかった。
『ひとりにしないでよ・・・』
僕が最後にゆうちゃんと過ごした公園で。
彼を置いてきてしまったような気持ちになり、胸が締め付けられた。
もしも。
もしも、僕がもう少し、彼とあの公園で遊んで過ごしていたなら。
ゆうちゃんは助かっていたのだろうか?
それとも・・・・・・。
今となってはそれは、誰にも分らない。
(終)
「二人の公園で」 青谷因 @chinamu-aotani
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