日本楽屋話

そうざ

Japanese Backstage Story

 今日も今日とて溜め息をきながら衣装に着替えていると、猿が戻って来た。体中に無数の擦り傷、切り傷、青痣あおあざこしらえている。

「蜂に刺されるわ、栗に弾かれるわ、臼に潰されるわ、全く散々な目にあったキーッ」

 身につまされた僕は、軟膏を塗って介抱してあげた。

 傍らで幕の内弁当をがっついていた犬がせせら笑った。

「お前は悪知恵が働くから、善玉より悪玉が似合ってるワン」

 因みに、犬食いではなく箸を使っている。

「ふんっ、お前なんかジジィに宝の在処ありかを教えるくらいしか出来ないキィ~」

 猿が顔を真っ赤にしてがなった。

 彼等は以前、同じ作品の中で共に家来役をやっていたが、プライベートでは相変わらず仲が良くない。

 やがて取っ組み合いを始めた猿と犬に、兎や亀や狸や狐や雉が参戦し、楽屋は大混乱になってしまった。居た堪れなくなった僕は、まだ出番には時間があったがそそくさと小道具を担ぎ、獣臭い楽屋を後にした。

 皆それなりに芸暦が長いのだから、好い加減、個別の楽屋が欲しいものだ。ぼやきながら廊下を歩いていると、前方で立ち話をしている人影が目に入った。

 桃太郎と一寸法師だった。

 あの二人を前にすると、どうしても卑屈になってしまう。僕は深々と挨拶し、逃げるように二人の脇を擦り抜けた。

「ちょっと待てよ」

 桃太郎が低い声で僕を呼び止めた。

「お前、俺達の刀の鞘にぶつかっただろ」

 普段は結構のある一寸法師が凄んだ。

「あっ、鞘に赤いドーランが付いてるっ」

 桃太郎が大袈裟に声を上げた。

 僕は役柄的に凄みが必要なので、元々赤い肌を更に赤く塗っているのだ。僕は直ぐ様、土下座をした。何度も床に額を擦り付けた。その上で、下ろし立ての寅のパンツで鞘の汚れを丁寧に拭った。

流石さすが、謝り慣れてるなぁ~」

「いつもやられ役だからなぁ~」

 何だんだとおちょくられ、やっと解放されたものの、本番には遅れてしまった。主役の酒呑童子に執拗にいびられた事は言うまでもない。

 それから数週間後の或る日、一枚の絵葉書が届いた。猿からだった。何でも、海外の高名なお坊さんの目に留まり、天竺なる所へ向かう旅の一行に加わったと言う。しかも主役級らしい。昨日までの敵役かたきやくが突然、世界進出を果たし、すっかりスターの仲間入りをした訳だ。

 卑屈になる事はない。僕は僕の道を行くまでだ。僕にしか出来ない役がそこにある。僕は溜め息をこらえ、豆の集中砲火に身体をさらし続けた。

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日本楽屋話 そうざ @so-za

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