第5話 蜃気楼の章

【文月は夢を見た】


 文月が家の玄関を入り、大正ロマン風の長い廊下を歩き自分の部屋に入ると、日向が寝ころんでテレビを見ていた。


 文月はそんな日向を心地よく見ながら、丸窓から午後の日差しが入る自分の机に座り、本を読み始めた。そして時々、日向の方を向き


「やっぱり、国立を受けるよね」と甘えるように聞いている。

「うん、うん」

 

 日向が生返事をしている。文月は日向に何度も質問をした。


「国立だよね」

「うん、あ、うん」


「国立だよね」

「うん?どうしたのさ」


「私ね、農学博士になってメーカーの研究室に入りたい」

「入れば?」


「でも、行く大学が決まっている」

「じゃあ、そうすれば」


 文月は本から目を離すとイラつき、怒った顔で日向を睨みつけた。


「もう少し親身になってくれないかな!」

 自分でも驚くほどに感情を出し咬みついた。


「僕に何度聞いても答えはみつからないよ」

 赤く長い髪の毛をかき上げながら、日向は平然と言った。


「なんで?」

「答えは自分が知っているから」


 文月は言葉を失った。


「そうだった、ビビッていないで、やるだけの事はやってみよう。結果は後だ」



【翌朝、学校に行く前に胡桃の家によった】


「胡桃よ、協定を結ぼうぞ、我は薬科大学ではなく国立を受けるぞよ」

「文月、やめてよ私は国立なんて無理よ。なんで国立よ」


「国立で学びたいものがある。無理なのはわかっておる、ゆえに薬科大学も受ける」

「どういうこと?」


「我は二校受験しようぞ」

「えー?で、私にどうしろと?」


「薬科大学に一緒に通っている事にしてくれれば、国立で我の婿を探し、武人たけとを解放しようぞ」


「すごい提案だね。リスクが大きくないかい?」


「我が人生は武人たけとの子供を産み、一生集落から出られぬ事は、すでに決められている」

「まあ、そうだけど…」


 胡桃は優越感に浸りながら当たり前のように言った。文月は不屈の笑みを浮かべ


武人たけとを我に取られたくはあるまい」


 文月は胡桃を覗きこみ迫った。普段にない文月の言葉にひどく焦った胡桃は、

「あんたに取られる訳がないでしょ」


 悲鳴に近い声を上げた。文月は余裕満々に


「ほう、随分と自信があるのだな。胡桃よ、よく考えよ。なぜ集落の人間はうぶすな神の婿になりたがる?」


「それは…」


「そうであろう、皆考える事は同じだ」

武人たけとは損得で動いたりしないわ」


「損得か…。そうだな。誰もが愛が命と限らぬな。もちろん武人たけとは問題はないであろう。しかしな…」


 文月はそこまで言うとわざと言葉を閉ざし、遠くを見た。その文月の様子に、胡桃の不安は暴発した。僅かな沈黙のあとに、震えるような小さな声で


「そうだけど…。脅されているのか?私」


「何を申すか、胡桃と争いたくはない。互いの利益のための協定であろう」

「騙されているような気がする」


「そうか?」

「でもさ、とにかく国立受からない事には話にならないでしょ」



【そのころ】


 日向は胡桃の思惟に気が付いていた。胡桃は、文月の提案に色々と考えている。思わず日向はクスっと微笑んだ。こういう思惟は捉えやすい。



【言葉と思惟は違う】


 考えずに言葉にした内容は、捉えにくい。とくに衝動的、反復的なものは捉えることがほぼ出来ない。

 

 胡桃からは、文月や集落に対する抽象的な憎悪、嫉妬、不愉快と忍耐が伝わって来る。それは秘めた憎しみとなっているようだ。しかし、それを吐き出している思惟はない。


『友達じゃないって言っていたけど、どんな関係だ?』


 日向は不思議だった。確かに、胡桃は長い間の積もった棘が全身を刺している状態だ。離れたいのに離れる事が出来ない。親子間など、親密圏で互いを傷つけあう状態に似ている。


『関係は深いのに、消滅を望んでいる。以前の武人たけととかいう奴は警戒心だけだった。こういう例は少ないな。文月はどんな環境にいるのか?』


 この時、初めて文月の環境に不可解さを感じた。滴の思惟がはいった。


『助けてやれば?周りが変よ。ママンも感取している』


『やっぱり、そうだよな? 少し様子を見ようかと思っていたけれど、どうしようかな?』


『あの子が自分の意志で、自分の扉を開けるのは一人じゃ難しいよ。多くの場合は、親が無意識に思惟を放って手助けするけど、あの子には助けてくれる両親がいないで しょ?』


『うん、いない。胡桃って奴の疑心暗鬼だけでも、薄めるか』


『神の選択をするような大げさな事じゃないし、誰でも無意識にやっているから許容範囲でしょ。ただやりすぎは禁物よ。なぜかあの子は私も気になるから、注意をしているわね』


『姉ちゃんは、気にするなよ』


『嫌だ、日向は受験勉強してれば?代わりに私がスキャンしてあげる』

『干渉するな。受験勉強なんかしないのを知っているくせに。俺、少し寝る』


 日向はウェットスーツに着替え始めた。

『ママン、日向がまた拗ねた』滴が笑った。



【文月は】


 いつからだろう、監視されなくなったような気がすると感じていた。


 おかげで全神経を尖らせて他人の言動に注意する事もなく、ハリネズミのように針を突き立てて、いつでも守りの体制に入る必要もなくなって気分もずいぶん楽になってきた。


『そうだ、頑張らなくてもいいから、努力だけ、とりあえず努力だけ、何も考えずにしてみよう』


 日向の言葉を繰り返し、呟きながら受験勉強に集中していた。不思議とおじい様も周囲も勉強の邪魔をしなくなった。


 今までは、おじい様が就寝してから隠れるようにコツコツと勉強をして来た。同級生たちは、周囲から≪勉強しろ≫と強制されて、勉強から逃げる方法を考えて実行している。


 皮肉な事だ。


 勉強をしたくても出来ない環境の文月にしてみれば、そんな同級生たちを、見聞きしていると複雑だ。文月は、勉強机の上に飾ってある、ヘルメスの像の写真が慰めだった。


 今は、ヘルメスの像の写真で戸和の滝の出来事や日向の事を思い出す。戸和の滝にいたのは日向のような気がするが、記憶があいまいだ。その事を、日向に聞いたが答えてはくれない。



【文月は自分にある感情が人にもあるのか?】


 いつも考える。人の行動に注意を払うが、相手が何を考えているのか?どんな風に人が思い、どんな反応をするのかが、まったくわからない。


 集落全体が監視者である文月にとっては、人とは、正直、不愉快な存在である。人の感情を知りたいと思っても理解なんて出来る訳がないと思ってきたが、日向はどうも違うらしい。


 本当かどうかはわからないが、質問するとおもしろいように答えが返って来る。不思議だ。思い出しては、気持ちがほころび、勉強を含めすべてに気力が出て来る。


 文月は、今まで想像さえできなかった、日向と一緒に過ごした時間だけに包まれ、幸せだった。



【一方で】


 日向は落ち着かない。風も雨も日差しも何も感じなかった。見えなかった。日向は文月と会えなくなってから、ただひたすらに色々と考えていた。


 代々、繕い師は結婚どころか彼女を作るのさえ難しいのは、問題が多すぎるからだ。健常人とは違う。それだけで異質な存在だ。


 表に出て、人と関わろうとすると河童に間違われて、切り殺されたり、竜退治の対象となったりしたと聞いている。文月との楽しい思い出は、日向を卑屈にさせていた。


『僕は、あの子に何が出来るだろうか?』


 日向は一人で自問自答していた。


『僕の能力は文月にとってプラスよりもマイナスの方が多いはずだ。周囲を混乱させて、多少生きやすくすること以外に何が出来るだろうか?ほかの人が無意識にしている事を、意識的に出来るということ以外に、彼女にとって特典はない』


『怪我や病気を治してあげるのだって、治らないものを治す能力はない。治癒力が強いだけで、いずれ治るものを早めているだけだ』


『水中で眠り、左手は電子レンジだ。繕いをしたとたんに自分が、病人や怪我人になる。普通の人よりも命の危険と隣り合わせだ。そのせいで、隠れ住み、存在を消している』


『戸籍はあっても、名前があっても、自分を認識できる人間は、家族以外にいないと言っても過言ではない。関わる人間のすべての思惟を操作しているからだ。そもそも、それらの事を理解し、受け入れる事が出来るのか?』


『まず、難しいだろう。現実的じゃない』結論はいつも先に出ている。


『俺にとって、文月は蜃気楼だ』


 無駄だと知りつつ、抜け道を探すが、答えは絡まり解けない。やりきれない日向だった。


『受験勉強はしないの?』


 滴の思惟が突然に邪魔をする。思わずシャットダウンする。



【日向が閉じた】


 滴は驚いた。日向は、思惟が洩れない部屋をつくり、自分とそれ以外を分ける事が出来るようになってきたが、今まで思惟を途中でシャットダウンする芸当をしたことがない。


 チャンネルがあった送受信を強制的に片方が切断する事は、滴には出来ない。たぶん母親の琴絵も出来ないだろう。それくらい難しい事だ。


 地下室が必要な理由でもある。


 体調を崩してコントロールがうまく行かないと、ありとあらゆる思惟とチャンネルがあってしまう。計り知れない膨大な数の壊れたラジオやテレビが同時に、大きなボリュームでなっているのと同じ状態になる。


 何もせずに、それに耐え抜く力は、人間自体には備わっていない。そこから逃れるための地下室だ。


 チャンネルを選択できる能力はあっても 強制シャットダウンする能力はない。強制シャットダウンが出来れば、地下室などいらない。それくらい大ごとだ。


『ママン!』と滴は声を荒げた。



【するとお祖母ちゃんから思惟が入った。】


『やはり、日向には大きな力があるようだね』


 そして滴と琴絵ママンに話しかけた。


『滴、琴絵、人は誰でも成長するときは、本人から助けや交渉をしてくるまで、周囲は黙って何も言わずに、見守っていなくてはいけない時期がある。その時期に干渉すると、暴走する事があるから慎重にね。特に、繕い師の日向は大地震を起こしかねない』


『大地震?誰か、起こした先祖がいるの?』滴が聞いた。

『どうしてそんな事が』琴絵ママンが強張った。


『丁度、日向が閉ざしているから話すけれど、今は本人には話さない方がいいと思う』


 お祖母ちゃんは繋いだ祖先の記憶を伝え始めた。


『戸和が死んでから、六百六十年ほど経った安土桃山時代に、一族は、泉の屋を中心に薬草や山菜の販売などをして生計をたてながら、各地を転々と隠れ住んでいた。現代みたいに避難できる地下室はなくて、湧水の泉源が霊の窟と繋がっているだけだったのね』


『滝とは繋がって無かったの?』滴が質問する。

『そうです』


『だから、戸和が滝に捨てられた時、湧水路を使って家に帰れなかったんだ』

『そうね』


『不思議だったのよ』


『「ポチィタスにささげるテュシアーの子」という思惟が聞こえ、突然に一族が暴漢に襲われ、感取放の使い手が亡くなる事態が起きた』


『暴漢の思惟は探れなかったの?』


『事前に謀議を感取できなかった。一族は、祠から滝、川を上り山向こうに逃れようとしたが、あまりに大勢の暴漢だったために、薬師が感取放の使い手の家族をかばいきれず、次々と殺されていった。戸和の記憶を引き継いだ繕い師は一族を逃すために、仕方なく、地に危殆を打ちこんだところ、直下型の地震を引き起こしてしまった。大いなる満ちた水溜まりが村々に出来た。あらゆるものを巻き込んだ水は夥しい浮遊物とともに、田畑や民家を三日三晩水没させた。被災地の復興に当たった長臣いわゆる組織の中の長となる家臣、重臣は、被害の大きさに、人足を数万人集めても、まったく大火に柄杓の状態で、天地始まって以来の大地震と思惟を感取している』


『お母さん、地震を起こせるほど、深いところまで危殆を打てるの?』


 琴絵ママンが不安そうに聞いた。


『地層の状況にもよると思うけど、ドミノ倒しみたいなところあるでしょう?その時の繕い師が、日向みたいな力のある人だったのでしょう。かなり深く打ったのね。それまでも、たびたび同じような事が起こっていたが、ここまで大きな被害になったのは初めてだったのね』


 滴が落ち着きなく聞いた。


『お祖母ちゃん、自然に起きる地震と違うから、そこまで大地震になったの?』


『地中で幾重にも重なった岩盤の一つに、危殆が当たりバランスが崩れたと、地中から思惟を感取している。だから地中に向けて私たちが危殆を極力使わないようにして来たのは、知っているわよね。その出来事があったからなのね』


『本当に怖いんだ…』


『そうね。危殆に直接当たれば、手足の一本や二本くらいは飛ぶだろう?と滴にも予測は出来るだろうけど、それは些細な事で、本当の怖さはここにある訳で、日向がかかえる問題は簡単な事ではないのね』


『お祖母ちゃん、まさか地球は壊せないよね』


『試した祖先はいないのでどうでしょうか?それに日向の危殆の力はもともと強いから、本気で打ち込んだら、地球が壊れるかも知れないわね』


『まさか、地球が壊れるなんて冗談じゃない、人類が生き残れないわ。ねえ、お祖母ちゃん、私たちみたいな遺伝的疾患をもった人たちはいるのかしら?戸和が突然変異なのか、戸和を生んだ一族が存在しているか、記憶はないの?』


『滴、戸和の危殆で怪我した人がいましたね。だから、幼い戸和が黒い箱に詰め込まれて滝壺に落とされたのですよ』


『と言うことは、日向と同じ力がある人、つまり地球を壊せる人間が存在する可能性があるって事かしら?』


『そうね。戸和の記憶にはないけれど、可能性は否定できませんね』


『お母さん、日向はそれをいつか知る日が来るのかしら?』琴絵ママンが怯えた。


『戸和の記憶を引き継げば当然、その記憶も引き継ぐから、自分の背負っているものの大きさ、正体も理解が出来ると思いますよ。ただ、その時はすべての記憶を引き継ぎ、すべてが見えるので返って大きな精神的なダメージにはならないでしょう』


『戸和の記憶を引き継ぐ前に、知らなければならない状況に陥らないといいけど…』


『そうですね。心配ですね。それには、今は、日向を隠す事しか出来ないし、天変地異が起きない事を祈るだけですね』



【最近の日向は無口だ】


 入試も無事に終わったが、昨年の十二月から三月の入試が終わるまでの時間が、あまりにも長く感じていた。


 一月になって厳冬は、本格的に雪を運んできた。雪は降るたび事に根雪になり、数知れない多くの静けさを運んできた。


 静けさが積み重なると、異国の童話の主人公が次々に訪れる世界に誘われた。時々、枝から落ちる雪は、現実の世界がある事を教えてくれる。


 そんな季節をただじっと耐え忍んでいた日向だった。根雪が溶け始めても、雪霧が重たく肌を凍らせていく。蕗の薹が顔を出し始める頃になっても、ろくに返事すらしない。


 思い悩んでいるようにも見えるが、ガラスの部屋に映る自分の姿を眺め、何時間も髪の毛をいじっている。そうかと思えば、ベンチ椅子でひとり黄昏ていた。

 


【久々に、正敏父さんが帰って来た】


 日向はガラスの部屋のベンチ椅子に寝転がって、外の雪を見ている。

「帰ったぞ」と声がしても父を見ずに「おう」と答えた。


 正敏父さんは驚いたように琴絵ママンを見た。


「ママン、なにかあったの?入試に落ちたのか?」小声で聞いた。

「意図的ではない限り落ちる訳ないでしょ。まだ発表前だし」


「そうだよな、何があったのだ?反抗期か?」

「どうだろうか?」


「片思い的、引きこもりになっている」滴が口を挟んだ。


「片思い?そういえば、こっちに来る前にお祖母ちゃんも本人がなにか言って来るまで、そっとしておいてやって欲しいと言っていたな」


「聞いた」

 滴はぶっきらぼうに、どうでもいいようだった。


「ひょっとして、彼女の事か?」

「そうみたい、なんだけど。読み取れない」


 琴絵ママンが小首をかしげた。すると、正敏父さんは日向に聞こえるように


「そりゃ、難しいな。ますます男っぽくなってきたし、色々な事を考える時期だな。幼虫から成虫になって空に旅立つ前の蛹ってところかな。まだ見えないものを見ようと無理をしたりする時期だな。日向自体の問題を全員でサポートする事は出来るから、あまり深刻になるな、ひとつずつ解決していくしかない。彼女の気持ちもあるしな」


 日向ははじめて、チラッと正敏父さんを見た。


「日向、そんなにあの子がいいの?他の人みたいに、気持ちが伝わってこないでしょ」滴が聞いた。


「そうだな。うるさくない」

「うるさい?」


「ああ、他の人はうるさいし、騒がしいけど、あの子は静かだ。それに、なんか言葉で相手を理解しようとするじゃない。可愛い」


「可愛いタイプかしら?」

「えっ?」


「彼女は可愛いタイプかしら?」

「いや、違うよ、俺が、可愛い」


「あんたが?」滴は自分の頭を掻きむしった。


「そう、自分でも可笑しいくらい、一生懸命に言葉を理解しようとしている。ただ知りたいという一心で、そんな俺がとっても可愛い」


「あんた…」

「なんだよ」


「頭は大丈夫?」

「平気だ」


 滴はため息をついた。そんな滴を無視して、日向は大発見をしたように

「それにあの子は毒にも薬にもならない」


「どういう意味?」

「言葉自体が、人を殺したり救ったりする訳じゃないでしょ」


「うん、まあ」


「本来、言葉自体には力はないから、不特定多数へ向けた言葉には実質的な殺傷能力も救済能力もない。だが発信側が対象定め思惟と言葉が繋がった時点で悪意や善意が伝わって威力を発揮する。その時点で毒になったり薬になったりする。特に、殺気は繋がった時に相手への恐怖心を呼び起こして、相手の命を奪うことも可能じゃない?」


 手ぶり身振りでそれは、大げさに日向が力説をした。


「日向よ、それは基本だな。大切だな」


 正敏父さんは拍手した。そんな正敏父さんを見て、滴はあきれている。


「だから、思惟の発信も受信も出来ない文月さんは、毒にも薬にもならないと言う事ね」と、琴絵ママンが言うと、日向は


「そう!そう!それって大切じゃない?さすがママン」


 琴絵ママンにじゃれつき、滴はあきれ返った。


「この馬鹿男につける薬はないの?」


「だからな、馬鹿姉ちゃん。よく考えろ。この世で文月しか俺を覚えてない。その文月が毒にも薬にもならないのだから、誰にも攻撃されないと言う事だ」


「救済は?」

「救済は自分で出来るから、ぜんぜん問題ない。最強だろ?」


「よく考えても、お前は馬鹿だろ!」

「何がだよ」


「その理論には穴がある」

「穴?なに?」


「日向は、救済と同じで、攻撃も自分でかわす事が出来るでしょ。つまり文月さんの存在意義はないと言う事でしょ。それどころか感取も感放も使えなければ、対応方法がなくて、敵になった時に何が起こるか予測できない。私たちにとって、それがどれくらい恐ろしい事か認識をしている?」


「うーん、そう言われてみれば…」


 日向が悩み始めた。それを見た正敏父さんは笑った。


「滴、その辺にしといてあげなさい。また片思い的、引きこもりになるでしょ」

 

「でも、父さん」

「薬師の私がいるのだから、不安がらず見守ってあげなさい」


 正敏父さんは、優しく滴の肩をポンポンとたたいた。



【その時】


 武人たけとが文月に「寒くないか?」と、聞いた。


 その思惟を日向が拾った。つい、さっきまで、滴が言っていた意味を考えようとした日向だったが、その武人たけとの思惟で全てが白紙に戻り


『三月は産土信仰の祭事があるな、うぶすな神の衣裳をまた着るのか。ムカつく』

 

 ベンチ椅子のクッションを投げた。日向の思惟を読み取って滴が叫んだ。


『日向!いい加減にしなさいよ』

『何がだよ』


 言い捨て、ふてくされて地下室へ降りて行った。



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