第5話:琴音の嘘

「ごめんね、嘘吐いちゃった」


 てへ、と冗談めかした様子で琴音は唇をちろりと出して見せる。

 けど、俺にとっては単に冗談でした、で終わる話ではない。


「どうすんだよ、これ……」


 悄然としつつ呟くと、琴音は「んー」と唇に指を当てて考えるような仕草をした。


「なんなら本当に付き合っちゃう?」

「は、はぁ!?」


 思いがけない提案に困惑の声を上げる。

 俺のそんな様子を気にもせず、琴音は続ける。


「だって客観的に見て、楓弥が凛花と付き合うのって難しくない?」

「……まあ」


 そうかもしれないけど。

 俺は琴音と付き合ってると思われたわけだし、そうでなくても元々嫌われている。


「なら私と付き合ってみるっていうのも、選択肢としてはアリじゃない? それとも私相手じゃ、嫌?」

「嫌では……ないけどさ」


 いまいち腑に落ちない。

 そもそもこんな流れになっている理由がわからない。

 もしかしてとは思うけど――。


「琴音は俺のこと、その……好きだったり、するのか?」


 ゴクリ、生唾を飲んで訊ねた。

 自分からこんなことを訊くのはかなり緊張する。

 けど、琴音はあっけらかんと答える。


「そういうわけじゃないよ?」

「だよな」


 ほっとし、大きく息を吐く。

 けどね、琴音が続ける。


「私もほら、彼氏いたことないから、どんな感じなのかなーって気になってるんだよね。経験として。だったら楓弥じゃなくてもいいだろ、って思うかもしれないけど、よく知らない相手と付き合うのってリスキーじゃん」

「……なるほど」


 一応、納得できる。

 どうせお試しのつもりなら、気心知れた相手とそれを前提にして付き合い始めた方がいい。

 もしその間に心境の変化があれば別れればいいわけだし、問題なければそのまま付き合ってもいい。


 とそこまで考えて、何と答えたものかと思案していると、琴音が言った。


「少し考えてみてよ。答えはすぐじゃなくてもいいからさ」

「……わかった」


◇◆◆◆◇


「それじゃあ、また。おやすみ、楓弥」

「おやすみ、琴音」


 手を振り、ドアが閉じられるのを見送った。


 冷たい風が肌を撫でる。

 現在、時刻は午後九時。

 すっかり遅い時間だ。


 楓弥は送ってくれようとしたけれど、すぐ近所だからという理由で固辞した。

 実際、私の家はここから一〇〇メートルほどしか離れていない。

 走ればほんの二〇秒くらいで着いてしまうだろう。


「さて、と」


 くるりとターンし、楓弥の家に背中を向ける。

 目指すのは自分琴音の家――ではなく。


 ――ピンポーン。


 しばらく待って、ドアが開かれた。


「琴音……?」

「やっほー、凛花。ちょっとこれから、話そうか」

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