FUNUKEの凪☆S2

マサユキ・K

蒼き竜神の謎〜その1

琵琶湖に来ていた。


言わずと知れた日本最大の湖だ。

今日はわが梁山りょうざん高校恒例、一泊二日の校外学習である。


目的地に着くと、五人一組のグループ学習がスタートする。

同学年であれば、組み合わせは自由だ。

だがクラス委員である矢名瀬やなせ美乃よしのに、選択権は無かった。

二日間とも、いやでもと行動を共にせねばならない。


万年居眠り小僧って、誰の事かって?


そりゃアンタ、滝宮たきみやなぎに決まってるっしょ!


フヌケ大王って言い方も飽きたので、呼び方変えようと思うわけ。

一緒にいるこっちまで、フヌケてると思われるのもしゃくだし。


え……何?


その呼び方じゃ、分かりにくいって?


いつも半分寝てるヤツなんだから、そこはピンときてよ。


え?


からダメだって?


『ねむりの凪』だと、童話のタイトルみたいだと?


そんなもの、どうにでも……



「アンタ、一体誰と喋ってんの?」


隣から浜野はまの紀里香きりかが、不思議そうに尋ねる。


「えっ!?あ、いや……別に……」


ハッとしたように顔を上げる美乃。


どうやら、居眠りしていたのは彼女の方らしい。

今回の準備で、昨夜はほとんど寝ていない。

相方の凪が信じられないほど要領が悪いため、美乃が二人分働かねばならなかった。


「す、すいましぇん……」


コピー機の止め方が分からず、右往左往しながら凪が謝る。

涙と鼻水にまみれたその顔を見れば、怒る気にもならなかった。


そのフヌケ大王は今、汽船から窓外を見てキャッキャと騒いでいる。


まったく……羨ましい性格だ……


「よ、美乃さん!あ、あれ」


ほら、案の定なんかわめき出したぞ……


「何よ」


美乃が、これ以上ないほど無愛想な声色で答える。


「琵琶湖大橋が見えます!」

「あそ、良かったわね」


目も向けず素っ気なくあしらう。


全く……子どもか、コイツは……


これからの二日間を考えると、気が重かった。

クラス委員には、山ほどの仕事があるからだ。


行程の説明と関係資料の配布──

教師陣からの指示伝達──

バスや旅館での所持品チェック──

そしてバカみたいに繰り返す点呼──


一番最後に乗り物から降り、一番最初に乗り物に乗らなければならない。

仮に一時間の自由行動が与えられても、自分はその半分の自由も無いだろう。

いっそ観光会社側の人間として、雇って欲しいくらいだ。


これを二人で分担するならまだしも、このフヌケ大王にクラスのお世話係など出来ようはずもない。

これから先の激務を思うと、【旅行を楽しむ】など【高校生で総理大臣になる】より難しいのではと思えてくる。


「よ、美乃さん!あ、あれ」

「今度は何?」

「と、トンネルがあります!」

「そりゃ、穴も空いてるだろさ」


ああ、だんだんイライラしてきた。

 

「よ、美乃さん!あ、あれ」

「だから何よ!?」

「海底火山の隆起した標高1377メートルの伊吹山いぶきやまが見えます」

「それが何……てか、なんでそこだけ詳しいのよ!?」

「石灰岩がよくとれます」

「しらんわ!」


と、こんな調子で汽船に揺られること三十分──


やっと目的地の竹生島ちくぶしまに着いた。


琵琶湖に浮かぶ、小ぢんまりした島だ。


日本三弁財天の一つに数えられる法厳寺ほうごんじや、国宝に指定されている「唐門からもん」などで有名である。


ここで史跡や自然を探索し、発表資料にまとめるのが本日の課題だ。

後日、グループ単位にて発表しなければならない。


桟橋に降り立つと、これ以上無いほどの快晴だった。

真っ先に下船した美乃は、早速点呼の用意に入る。


「私が皆を集めるから、アンタは名簿で……」


……と、言いかけたが、凪の姿はどこにも無い。


振り返ると、沿道の土産物屋でボーっと突っ立っている。

見かねた売り子が試食を勧めると、恐る恐る口に運んだ。

「ふぁ〜」と気の抜けた歓声を上げたところに、美乃のボディブローが炸裂した。


「まったく、お前というヤツは……!」


魂の抜けたフヌケ大王を引きずりながら、美乃は集合場所に戻って行った。



************



「いい仕事ぶりだな」


聴き覚えのあるバリトンに振り向くと、目つきの鋭い長身の男子が立っていた。


高津川たかつがわ清文きよふみ──


生徒会長で、校内一の秀才だ。


学校のならわしで、学年別の校外学習には生徒会三役も同行する事になっている。

本来なら三年生の生徒会役員も、この時期は受験勉強にいそしみたいはずだ。

だが高津川会長は、嫌な顔一つ見せず、自らの責務を遂行していた。

一見冷血漢に見られがちだが、美乃は尊敬に値する人物と評価していた。


「ありがとうございます。高津川会長」


美乃はそう言って、素直に頭を下げた。


「ところで、はどこにいるんだ?」

「……あっ、しまった!」


会長の言葉に、美乃は慌てて周囲を見回す。

ちょっと目を離した隙に、忽然と凪の姿は消えていた。


また、あのバカ……


美乃は眉をしかめ、ため息をついた。

最近の凪は、フヌケに加えて放浪癖まで付いていた。

気になるものを見つけると、ついフラフラと行ってしまうのだ。


いつだったか、珍しい蝶を見つけたとか言って、昼休み教室から飛び出した事がある。

結局、戻って来たのは授業が始まってからで、担任にこっぴどく叱られたものだ。

後から聞くと、蝶が花の蜜を吸いまわるのをじっと眺めていたらしい。


まるで幼稚園児だ。


いや、カワユイ分、幼稚園児の方がまだマシかもしれない。


美乃は肩をすくめ、やれやれと首を振った。


その時突然、誰かの叫ぶ声が聴こえた。

顔を上げると、石段を駆け下りる人影が目に入った。


「高津川会長、すぐに来て下さい!大変です」


血相を変えまくし立てるのは、役員のさかき愛美まなみだった。

生徒会三役のひとりで、第一書記である。

いつもの澄まし顔が、今は色を失いゆがんでいる。


「なんだ!?何かあったのか、榊?」


会長が語気荒く問い返す。


「女子が……生徒が一人、騒いでるんです!」


息を切らしながら答える愛美。

額から汗が流れ落ちている。


「騒いでる?……暴れるか何かしているのか?」


「いえ。大声で……訳の分からない事をわめいていて……」


会長の問いに、愛美は戸惑ったように言った。

どう話せば良いか分からず、語尾がかすれる。


「訳の分からない事?」


高津川会長の能面のような表情が、僅かに歪む。

愛美は大きく深呼吸すると、震える声で続けた。


「その、何か……

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