絶世の美少女と、その幼馴染と、僕

@Arabeske

絶世の美少女と、その幼馴染と、僕(孝文・清美編)

第1話


 「私、彼氏いるから。」

 

 「う、うん。

  知ってるけど。」

 

 三上清美さん。

 大学の同級生で、サークルも同じ。

 高校も一緒だったらしい。


 全然、知らなかったけど。

 

 高校の頃の僕は、いまよりもずっと内向的だった。

 教室でも、部活でも、友達なんていなかった。

 なにかと揶揄ってくる後輩を除けば、

 司書の先生くらいしか話し相手がいなかった。


 だから、三上さんが、

 同じ高校だと知って、ちょっと驚いた。

 僕を、知っていたことに。

 

 サークルは、たまたま。

 ぜんぜん別の日に、別の先輩から誘われたらしい。

 そもそも、新入生歓迎コンパの時点ですら、

 お互いを認識していなかったのだから。

 

 一緒に作業をするようになったのは、

 ボランティアで同じ班になってからだった。


 就活で有利だからと形だけ参加した子達が、

 なにもせずにスマホゲーで遊んでいる姿を横に、

 淡々と、子ども達に見せるための紙芝居を作っていた時。

 

 「あーもう。」

 

 縁の薄い眼鏡をかけた、

 勝気そうな女性が、作業を、手伝ってくれた。

 

 「君はトロいのよ。

  もっと効率的にやんなさいよ。」

  

 確かに、効率は、凄く良かった。

 ただ、仕事にムラがあった。

 塗ってないところだったり、話の繋がりがおかしかったり。


 それでも、ミッションと役割を明確にして、

 役に立っていないスマホゲーの男子達に、

 「リーダーに言ってクビにするから」と脅しつけて

 きびきびと雑用を割り振ってもらうだけで、

 作業時間はぐっと短くなった。

 

 三上さんの授業時間割は、週休4日制だった。

 

 「私、彼氏いるから。」

 

 アルバイトと、他大の彼氏と逢うために、

 それぞれ2日空けてるのだと言う。

 ほんとに効率主義の人だと思った。

 

 「だからさ、沢渡、

  私、いま、眠いの。わかるでしょ?」

 

 と言って授業中熟睡し、

 講義終了15分前に起きて僕のノートをびっと複写し、

 時間内に課題を颯爽と提出していく要領の良さ。

 

 凄いな、と思った。

 実際、一年生で、ボラサーの副リーダーに抜擢された。

 たぶん、三上さんみたいな人が出世していくんだろうなと。

 

 ボラサーの子達と、ちょっと仲良くなった頃。

 

 「沢渡君さ、ちょっとだけ髪型、替えて見ない?」

 「あー、あたしも思ったそれ。

  ちょっとオデコ出すだけでだいぶん変わるよー。」

 

 優しい子達が、気遣って言ってくれただけのことに。

 

 「沢渡を弄ばないでくれる?

  似合うわけないでしょ?

  変に舞い上がって火傷したらどうすんの?」

 

 三上さんは、烈火の如く怒った。

 正直、かなり凹んだ。

 おだてて言ってくれてるだけだと分かっていても、

 そうじゃないという冷酷な真実を突き付けられて。

 

 三上さんは、僕を振り返って、

 縁の薄い眼鏡ごしの冷たい目で告げた。


 「勘違いしないで。

  君のためだから。」


 たしか、に。

 

 有難くはあった。

 余計なことを、考えずに済むから。


 でも、絶望は深まった。

 vita sexualisの主人公のように、

 一生、縁がないことを突き付けられたから。

 

 「それより沢渡、

  町内会のお祭りの手伝いのスケジュール、

  ちゃんとできてんの?」

 

 僕は、ちょっとふてくされたくなる気持ちを隠して、

 エクセルから打ち出したスケジュール表を手渡した。


*

 

 「私、彼氏いるから。」

 

 「う、うん。

  知ってるけど。」

 

 ボラサーの一年生の中で女王と呼ばれるようになった三上さんは、

 たまに、思い出したように言ってくる。

 教室で、学食で、ボラサーの部室で。

 

 たぶん、勘違いすんなってことだろうけど。

 何度も言わなくてもいいのに。

 所詮は従者Aだってわかってるんだから。

 

 「君は大学時代に彼女を作ろうとか思わないでね。

  無理だから。」

 

 知ってるけど、

 そこまではっきり言わなくてもいいだろうに。

 

 「大丈夫だよ。

  会社に勤めたら、君みたいな人が重宝されるから。

  お見合いとか、相当イケる。顔勝負じゃないから。」

 

 優しくフォローしてくれてるんだろうけど、

 いちいち顔が悪いと連呼されているようで、

 ちょっと嫌になる。

 

 それでも。

 

 いつのまにか眼鏡をコンタクトに替えた三上さんは、

 一番楽な科目を教えてくれるし、楽そうなボランティア、

 就活でアピれるボランディアを教えてくれる。


 ともかく効率がいい。要領がいい。

 一年時点なのに、就活のことまで、しっかり考えている。

 出世する人は、こういう先を見るセンスを持っているのだろう。

 そうでないと、彼氏との時間を確保できないのかもしれないけど。


 彼氏といえば、 

 一度だけ、聞いたことがある。

 

 「三上さんの彼氏って、どんな人なの?」


 三上さんは、

 コンタクトで少し大きく見えるようになった、

 勝気な瞳を一瞬、曇らせたあと。

 

 「君に言う必要、ある?」

 

 確かに、ない。

 彼氏さんのほうが、ずっと大事だから、

 僕なんかに、言いたくないんだろう。

 

 僕と三上さんは、これくらいの関係だった。


*


 一年生の二月。

 テスト期間が全て終わり、

 サークルの長期イベントが盛んになる頃だった。

 

 コン 

 コン


 ドアを、ノックする音が、

 部屋の中に響いた。

 

 ちょっとおかしいな、と思った。

 宅配便なら、業者名を名乗るはずだから。

 そもそも、何も頼んでない日だった。

 

 すると、宗教の勧誘か。

 それとも、新聞か、NHKだろうか。

 寒いのに、ご苦労さまなことだ。

 

 古ぼけたのぞき穴を見て、愕然とした。

 


 「せーんぱいっ。」


 

 ぇ。


 「あけてくださいよー。

  わざわざ来たんですからー。」


 こ、九重、さん?

 ど、どうし、て??


 「ま、ま、待って。」

 

 がちゃっ

 

 ぇっ!?


 

 「……やっと、やっと、

  やっとやっとやっとっ!」


  

 なっ!!!

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