弱小令嬢の逆襲~婚約者の命令で実力を隠していたのに婚約破棄されたので、今から本気を出させていただきます~

銀星石

貴族の力

 王宮で開かれた夜会にてある騒動が起きた。


 「フリーゼ! 貴様のような貴族力5のゴミは俺の妻にふさわしくない。婚約破棄だ!」


 フリーゼは婚約者を、いや今となっては元婚約者のグーレッツ王子を失望のまなざしで見ていた。

 この男は自分が陰でなんと言われているか知っているのだろうかとフリーゼは思った。愚劣のグーレッツ。コイツが王になれば王国は必ず滅びる。高貴な疫病神。

 国王も自分の長男のだめっぷりに「もうだめだ」と早々に判断している。だからしっかり者のフリーゼを婚約者に据えたのだ。


「わたくしの貴族力が5なのは、グーレッツ様が『俺の顔を立てるために本当の実力を隠せ』と命令したからですよ。それなのに婚約破棄ですか」

「馬鹿馬鹿しい。俺はそんなそんな命令を出してない」


 グーレッツは陰険でヘビのような笑みを浮かべる。自分の命令を無かったことにするつもりだ。いや、この男の愚劣さを考えると、あり得ないかもしれないが、自分が出した命令を忘れているのかもしれない。

 

「いけ好かない女は切り捨て、俺が望む女を、ファムファ嬢を妻にする」


 グーレッツは隣に立つファムファの肩を抱く。浮気相手の女は毒婦という言葉をそのまま形にしたような笑みを浮かべた。


「そういうわけですの。フリーゼ様、潔く婚約破棄を受け入れてくださいな」

「そうですか」


 フリーゼが期待する反応をしなかったのでグーレッツとファムファがいぶかしむような顔をする。


「お二人は自分たちが何をしたのか分かっていないようですね。浮気したあげくに婚約破棄。わたくしがお二人をぶちのめす大義名分は整っていますわ」

「ぶちのめす? 貴族力5のあなたが? ばかおっしゃい!」


 ファムファが嘲るように笑う。グーレッツも「そうだとも!」と便乗する。


「俺の王族力は4万9000で、ファムファの貴族力は3万4000だ! お前が本気を出しても俺たちにかなうものか」

「なるほど、確かに素晴らしい実力ですね。どちらも私がグーレッツ様と婚約した時より高い数値です」


 フリーゼとグーレッツが婚約したのは今から5年前だ。その当時、フリーゼは貴族力9000で、グーレッツは王族力3500だった。周囲から陰でぼろくそに言われている愚劣王子も、実力を10倍以上も伸ばした点に関しては賞賛に値する。

 だがその成功体験が、元から愚劣だったグーレッツをさらに増長させていた。

 

「ですが、私もあの時からいろいろと努力して貴族力を上げているのですよ」


 グーレッツとファムファはフリーゼの言葉を信じようとしなかった。

 

「そこまで言うなら本当の実力とやらを出して見せなさいよ! 鑑定モノクルではかってあげるわ!」


 ファムファは四角い片眼鏡を取り出して装着する。貴族や王族の体内に宿る高貴さを数値化する魔法の道具だ。


「ま、良いでしょう」


 フリーゼは貴族力の抑制を止めた。

 ファムファの鑑定モノクルがピピピピと音を立てながら計測を開始する。


「ふん、貴族力1万、なかなか高いけど私の足下には……え、1万2000? 2万……3万……ろ、6万!? 一体何処まで上昇……」


 ボンと音を立ててファムファの鑑定モノクルが爆発した。


「きゃあ!」

「あらあら、ずいぶんと安物を使っていますわね。良いでしょう。わたくしの口から教えて差し上げます」


 フリーゼは事実を告げる。


「わたくしの貴族力は53万です。もちろん、あなた達をぶちのめすのに手加減はしますわ」

「嘘よ! そんなはずがない。さっきのは鑑定モノクルが故障していただけよ。私を超える貴族令嬢がこの国にいるわけがないわ!」


 ファムファは体内の貴族力をエネルギー弾に変換して撃ち出した。

 エネルギー弾が命中し、フリーゼの体が爆煙に包まれる。


「死ね! フリーゼェェェェ!!」


 ファムファは限界までエネルギー弾を連射し続けた。


「まあ、連射技なんてはしたない!」

「やれやれ、教育がなってないな」


 野卑な技を繰り出すファムファを見て、夜会の参加者達は眉をひそめた。


「はぁ、はぁ……や、やったわ。ふん何が貴族力53万よ、でたらめ言っちゃって」


 爆煙が晴れていく。そこに無様な姿で倒れているフリーゼの姿がある……はずだった。

 フリーゼは先ほどと変わらずたたずんでいた。いや、その姿が薄れて行くではないか。


「残像よ」


 フリーゼはファムファの背後から耳元でささやいた。

 とっさに振り向いて応戦しようとするファムファだったが、フリーゼは優雅な手つきで小さなエネルギー弾をファムファの腹に押しつけた。


「きゃあああああ!!!」

 

 爆発が生じ、ファムファの体は王宮の外へと吹っ飛ばされていった。ちょうど池がある場所へ落ちるようにしたので死なないだろう。


「なんと優雅な攻撃だ」

「見て、残像を作るほどのスピードで動いたのに、フリーゼ様のドレスにはしわ一つ無いわ」


 ファムファを一撃で倒したフリーゼに、夜会の参加者達は感嘆のため息を漏らした。


「さて、いかがされますかグーレッツ様。この場で謝罪し、次男のスパダリ様に王位継承権を譲るとおっしゃるなら、情けをかけて差し上げますわ」

「うう、わかった。弟に継承権を譲る。貴様、あ、いや。君には申し訳ないことをした」


 フリーゼの貴族力を目の当たりにしたグーレッツは素直に頭を下げた。


「良いでしょう。私はこれで失礼いたします」


 フリーゼが背を向けたとき、グーレッツが邪悪な笑みを浮かべる。


「かかったな! 死ね!」


 グーレッツは自身の全王族力を込めたエネルギー波を両手から放った。

 極太の光線が襲いかかろうとしたその時、フリーゼはくるりと振り返ってグーレッツ渾身の攻撃を片手で受け止めた。


「日頃の行いの悪さが裏目に出ましたわね。グーレッツ様がこういう情けない事をするのはとっくに分かっていましたわ」

 

 フリーゼもエネルギー波を出して応戦する。

二人のエネルギー波がぶつかり、さながら達人同士のつばぜり合いのように押し合うが、それは最初の一瞬だけだった。

 みるみるうちにフリーゼのエネルギー波がグーレッツのを押し返していく。


「バカな! バカな! 俺は王子だぞ! こんな生意気な女に負けるはずが……」


 グーレッツの言葉は最後まで続かなかった。彼はフリーゼのエネルギー波に飲み込まれる。


「ぐわああああああ!!」


 そうしてファムファと同じように王宮の外に吹っ飛ばされた。二人で仲良く池で水泳を楽しむだろう。

 王宮の天井には大穴が空き、美しい星空が姿を見せる。フリーゼはそれをすがすがしい気持ちで見上げていた。


「なんだ、もう終わってしまったのか」


 事が全て終わり、ようやく姿を見せたのは次男のスパダリ王子だった。


「本当は俺が手を下すべきなのに、手間をかけさせて悪かった」

「構いませんわ。後の処理をよろしくお願いします」


 立ち去ろうとするフリーゼだが、その手をスパダリ王子がつかむ。


「どうされましたか?」

「グーレッツが失脚したんだ。もう遠慮はいらない」


 スパダリがフリーゼの手を取ったままひざまずく。


「フリーゼ、どうか私と結婚して欲しい」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弱小令嬢の逆襲~婚約者の命令で実力を隠していたのに婚約破棄されたので、今から本気を出させていただきます~ 銀星石 @wavellite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ