第15話 我ら座天使メイド隊。

守護天使たちからの挨拶を受け終えたルシフェルは、謁見の場を後にした。


二頭の天馬が牽引する大きな馬車へと乗せられ、光溢れる天上の世界を飛んでいく。

やがてとある屋敷へとたどり着いた。


そこは第七天アラボトに用意されたルシフェルの私邸だ。

純白のその邸宅は広さも造りも装飾も、すべてが豪華絢爛である。


「ルシフェル様。着きましてございます」


アイラリンドが先に馬車から降りた。

脇に控えて頭を下げる。


「ここは貴方様のお屋敷にございます。この建物の他にも天の随所に貴方様の屋敷や宮殿は多々ございますが、今日はもうお疲れのことで御座いましょう。他の案内はまたの機会とさせて頂き、ひとまず本日はこちらのお屋敷にてごゆるりとお寛ぎ下さいませ」


続いて馬車から降りたルシフェルは、恐縮して軽く会釈した。


「あっはい。えっと、何から何まで、なんかすみません……」


アイラリンドがくすくすと笑った。


「ふふふ。どうしてルシフェル様が、その様にお思いになられるのです。どうか頭など下げないで下さいませ。この天に貴方様が頭を垂れるべき相手などおりません。私どものことは召使いとでもお考え頂き、何なりとお申し付け下さい」


アイラリンドはそれだけ言うと、ルシフェルの返事を待たずに門へと歩み寄り、呼び鈴をならした。


すると前庭からまっすぐ進んだ場所にある屋敷、その正面扉が開かれる。

屋敷の中から次々と、幾人もの天使たちが姿を現した。

みなメイド姿だ。

総勢百名にも及ぶ人数である。


メイド服の天使たちは、羽ばたき音も立てずに静かに飛ぶと門の内側に集合した。

重い門を開き、左右に列を成したかと思うと一斉に頭を下げてルシフェルを迎え入れる。


「お帰りなさいませ、ルシフェル様」


ぽかんと口を開けていたルシフェルは、お帰りとかいきなり声を掛けられて軽くキョドった。


「ふぁ⁉︎ は、はい!」


目が泳ぐ。

ルシフェルの中身はただの日本人だ。

しかも元は冴えないアラサーである。

見目麗しい天使メイドたちを前に、こうして焦ってしまうのも無理からぬこと。


「え、えっと! お帰りなさいということは……た、ただいまです! って、ただいまって何だ⁉︎ い、いや、ただいまで良いんだよな?」


ルシフェルは視線を彷徨わせた。

目が合ったアイラリンドに助けを求める。

アイラリンドは優しく頷いた。


「ええ、ただいまで良うございますよ。さぁルシフェル様、どうぞお屋敷へ」



屋敷の扉の内側。

広い玄関ホールに足を踏み入れると、ルシフェルの目に豪奢な内装が飛び込む。

あまりのまばゆさに眩暈がする。


ホールの天井には見たこともないような大きなシャンデリアが吊り下げられている。

光を反射してきらきらと輝き、とても美しい。

足下に敷かれた赤い絨毯もふかふかで、まるで雲を歩いている様だ。


「お帰りなさいませ、ルシフェル様」


玄関ホールには、またもメイド服を着た天使たちが並んでいた。

けれども今度は数が少ない。

ルシフェルは屋敷の豪華さに圧倒されて呆けながらも、彼女たちを見遣った。

屋敷の外で待機している大勢の天使メイドたちよりも、作りの良いメイド服を着ている。


(……ふむぅ)


ルシフェルは察する。

思うに先の百名からなる天使らはいわゆる一般メイドで、いま目の前にいるこの七名が、メイド長とかそんな感じの役割なのではなかろうか。


ルシフェルの推察は当たっていた。

このメイドたちはルシフェル専属のお世話役。

その名も七座天使メイド隊。

各々に曜日を司る天使で、また天上位階論によって上位階に分類される『座天使スローンズ』である。

特別なメイド部隊なのだ。


一列に並んだ七座天使メイド隊は、順に頭を下げ、ルシフェルに挨拶をしていく。


「七座天使がいち、日曜の座天使ソロネ。リションにございます」

「七座天使が一、月曜の座天使。シェニーにございます」

「七座天使が一、火曜の座天使。シリシーにございます」

「七座天使が一、水曜の座天使。レヴィイにございます」

「七座天使が一、木曜の座天使。ハミシーにございます」

「七座天使が一、金曜の座天使。シシィにございます」

「そしてわたくしは七座天使が一、神が定め給うた安息日たる土曜を司ります座天使。天使メイドすべての統括を致します天使メイド長、シェバトにございます」


自己紹介を終えた座天使メイド隊は、最後に声を揃わせる。


「ああ、偉大なるルシフェル様。御身にお仕えする幸福に感謝を」


彼女たちの声は歓喜に満ちていた。

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