最終決戦(3)

 

 

(このまま――!)


 防護壁の内部では、まだゲオルグが変容を続けている。それが終わる前にケリを着ける。アスラもディーヴァも思いは同じだった。


「うおおおおおお!」

「はああああああ!」


 二人がより力強い雄叫びを上げて、渾身の一撃を振るう。

 それが打ち込まれた直後、ゲオルグの防護壁が硬質な音を発して割れた。


 次の攻撃に転じようと、二人が武器を振り上げる。

 そこでゲオルグから周囲に向けて魔力波が放出された。

 爆発音が鳴り響き、アスラとディーヴァが吹き飛んで地を跳ね転がる。二人は無防備な状態で至近距離からの反撃を受けたことで意識を失っていた。


 ゲオルグが未完成な体の首を鳴らす。筋肉が剥き出しで、全身が赤く、右脚と左腕だけが肥大化している。明らかに動くには早い。だが、中にいる外界の徒の分身が、二人にトドメを刺す好機と見て無理やり動かしていた。


 ゲオルグは体を引きずるように歩きながら、べチャリべチャリと赤黒い血肉片を溶け落としていく。それらは大地に浸透すると周辺の草花を枯れさせた。

 ただ存在するだけで大地を穢し、生きとし生けるものを蝕む。

 最早、災厄としか言いようのない異形へと姿を変えたゲオルグは、間もなく気絶しているディーヴァの元へ辿り着こうとしていた。


 だがそのとき――。


「放てー!」


 突然、号令が叫ばれた。ゲオルグは目を見開いて向き直る。

 アデルだった。竜騎兵を掃討中の騎馬隊と合流して援護に戻ったのである。

 生き残りは半数。皆、疲労困憊だったが、気力を振り絞るように魔法を放った。


 集中砲火を浴び、ゲオルグは吹き飛んだ。変異が完成しておらず、中途半端な肉体が崩れる。集めて一体化しようと試みるが、結合する前にまた魔法を食らう。

 忌々しさにアデルを睨みつけていると、背後で「おい」という声が聞こえた。ゲオルグが振り返ると、アスラが大剣を振りかぶっていた。


(何故こいつが⁉ いつの間に⁉)


 外界の徒の分身は狼狽えた。アスラがこんなに早く意識を取り戻すとは思っていなかった。また、気配を感じなかったことにも愕然としていた。


 アスラが起きているのは、アデルの機転にあった。

 気づかれないよう、アスラに攻撃魔法を当て、気付けを行っていたのである。

 そして気がついたアスラは隠身で忍び寄っていた。


 隠身による静かな不意打ちは、もうアスラの常套手段と言っても過言ではない。

 だが、今回は一つだけ普段と違うことがあった。


 それは、アスラが怒髪天を衝いていたこと――。


 アスラはディーヴァが傷つけられることを何より嫌う。

 ゆえに、かつてのルシウス同様に、すっかりと情が失せていた。


「貴様はもう斬らん。潰れろ」


 アスラは大剣の腹で、ゲオルグを頭から叩き潰した。飛び散った肉片がうぞうぞと集まり出すが、今度は巨大な漆黒の球がすり潰す。


「常闇の審判だ。それは魔力であろうが物質であろうが、俺が消さん限りは悪意あるものを圧し続ける。いや、この場合は潰し続けるか。ついでだ」


 アスラはスキル大地の制裁を使った。

 地面が陥没し、ゲオルグの肉塊が常闇の審判と共に落下する。


「そこで自分の悪意が消えることを願え。貴様にそれが出来ればだがな」


 冷たい憐れみを込めた言葉を置いて、アスラはその場を去った。

 そしてディーヴァに歩み寄り、その傷ついた体を優しく抱え上げると、歓声を上げるアデルと騎馬隊の元へと向かうのだった。



 *



 王城ベランダで突如として起きた爆発。背後で響いたその音に、アルトを運搬中の面々が振り返る。そこには倒れ伏すゼルビアと護衛たち。そして異形の姿があった。


「アーッハハハー! 引っ掛かったわねー!」


 歪な体がヌルヌルと動き、エルフであった頃のルリアナに姿を転じた。

 一糸まとわぬ自らの肢体を確認し、ルリアナはその美しさに惚れ惚れとした表情を浮かべる。その後、恥じらうこともなく、むしろ見せつけるように裸体を晒し、高笑いしながら悠々とゼルビアの元へ歩み寄った。


(な、何が起きたんじゃ……?)


 ゼルビアはゴホゴホと咳き込み、血を吐き溢しながらルリアナを睨む。

 ルリアナはその視線を受け、嫌らしい笑みを浮かべてゼルビアを嘲笑した。


「何が起きたか分からないって顔をしてるわね? いいわ。教えてあげる。私、魔法を食べれるのよ。食べた分だけ一気に吐き出して返しただけ。お陰で簡単に吹っ飛ばせたわ。考えなしにバカスカ撃ってくださってありがとう。お・と・う・さ・ま」


「黙れ……! 化け物め……!」


 ゼルビアは怒りに震えた。外界の徒が娘の姿形をとって、痴態を演じていることが許せなかった。娘の死体を弄ばれていることを憎く思っていた。

 だがそれは思い違いだった。目の前にいるのは、紛れもなくルリアナ自身であった。

 

 

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