王女ノイン

 

 

「あれは……⁉」


 ルシウスの驚く声が聞こえ、ノインは正面を覗き見た。

 その目に黒煙と炎が立ち上り、焦土と化した凄惨な光景が飛び込んでくる。

 太陽は高い位置にある。だが、ほぼ一面、赤味を帯びた色と黒色で染まっている。その悲惨さにノインは悲哀と戦慄を覚えた。見開かれた目に涙が浮いて言葉を失う。


(酷い……。どうしてこんなことができるの……?)


 人の遺体が乱雑に地に伏していた。それらは肉体の一部であったり、原型をとどめていないものがほとんどで、装備品や着衣があるから辛うじて判断できる状態にあった。

 その上、ルインの攻撃で焼け焦げ、土に覆われている者も多い。ゆえに、遠目ではそれが遺体であるという判断をつけることは難しい。


 しかし、ノインには見えていた。遺体ではなく、その悲痛な魂の姿が。

 死んだことを受け入れられず、まだゴーレム兵から逃げ惑い、遺体の側で泣き喚く。そんな、悲しみと憎悪と混乱の只中にいる赤く染まった人たちの姿が――。


「まだ出て二時間だぞ⁉ こんなところまで押し込まれてるのか⁉」


「ルシウス、誰かが戦ってる!」


 ラーマが大声で言った。

 その瞬間、衝撃音が鳴り響き大量のゴーレム兵が宙を舞った。


「生き残りか⁉」


「違う! 気配が人じゃない!」


 吹き飛んだゴーレム兵の中心に、剣を振るう背広姿のルインがいた。顔も手も髪も、手にした剣まですべてが黒く、三人にはまるで影が戦っているように見えた。


「ルシウス、どうする⁉ このまま行く⁉」


「ああ、行ってくれ! 全軍突撃ー!」


 ルシウスが剣を抜き、後方に向かい号令を掛けた。

 ラッパと太鼓の音が鳴り、鬨の声が上がる。


 その音は戦闘中のルインとドルモアの耳にも届いた。


(応援か。有り難い)


 ルインはガーランディア軍にちらりと目を遣った後、高く跳躍して空に上がり黒線を放った。下から上へ振り上げるように、ゴーレム兵からドルモアまでを射線に入れた。


 ドルモアは微動だにせず目と口を三日月のように歪める。

 刹那、射線上で爆発が起こり、炎が噴き上がった。大量のゴーレム兵が吹き飛び、高く舞い上がって四散する。だがドルモアは輿に乗ったまま笑んでいた。


 黒みを帯びた透明な球上の防護壁が、ドルモアの周囲に展開されていた。輿を運ぶゴーレムまでが球の中に収まり、ルインの攻撃から逃れていた。


(防護壁か。さもありなん。この程度で終わる敵なら苦労はない)


(場所を移すか。邪魔が入りそうだ)


(傀儡の軍勢は任せたぞ。妹よ)


 ルインはドルモアに向かい飛んだ。ドルモアも立ち上がり、輿の上から後方に飛ぶ。二人が戦場から離れていく。その間、ノインはルインの言葉を受け取っていた。


「ルイン……?」


 繋がりは一瞬。だが、そのほんの僅かな時の中に、大量の情報が詰まっていた。それはノインに対しての、ルインからのメッセージだった。


「ルシウス! 戦っていたのは味方よ! あれはルイン兄さん!」


「何だって⁉」


「聞いて! 兄さんがゴーレム兵の数を調整してくれた! 残りは二万に満たない! ここで決着を着けようとせず、機動力を活かして後退しながら城で迎え討つのよ!」


「心得た! 全軍停止! 横陣をとれ!」


 ラッパと太鼓が鳴らされ、平原に騎馬が広がる。

 間もなく、横に伸びた陣形が組まれて全軍停止した。


 ラーマが脚を止めた途端、ノインがその背から降りた。


「ルシウス、ラーマ、ここでお別れよ」


「ノイン? 何を――」


「私、行かなきゃ。ゴーレム兵は任せたわ」


 ノインの体が白く輝き、背に純白の翼が広がった。

 

 

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