アデル出陣(1)
城下で逃げ惑う民衆を落ち着かせ、避難誘導を行っているアデルの元に一人の兵が駆け寄った。それは非常事態に備え、出兵経路の保持を指示していた者だった。
「アデル将軍! 出兵の準備が整いました!」
「よし! 俺は行く! 後は任せた!」
「はっ! ご武運を!」
場に残った兵から短い敬礼を受ける。アデルも短く返し、呼びに来た兵と共に騎馬隊の待機場所へと駆けた。その際、汗を拭おうと顔に触れて、ふと思い出す。
『アデル先生! お髭は似合いません! ない方がずっと素敵です!』
七年前、ノインが昏睡状態に陥ったと聞いたとき、アデルは愕然とした。
目覚めを待てたのは最初の一年だけだった。
二年目からは、怒りと苦しみの日々が続いた。日を追う毎に痩せていくノインの寝顔を見て、生きていてくれさえすれば良いと願うようになっていた。
(目覚めたとしても……以前のようにはいかないだろう……)
アデルはそう思っていた。また、長くはないとも。ゆえに絶望を抱え、ノインの仇を討つという復讐心を胸に、戦場で多くの敵を屠ってきた。だが待っていたのは、後遺症もなく目覚めたノインに、明け透けに物を言われる幸せな未来だった。
アデルはすぐに髭を剃った。幼い頃と同じように、ノインが笑った。
『ほら、やっぱりない方が素敵です』
アデルはその笑顔が嬉しかった。思わず涙するほどに。
最初は王女らしくない、お転婆な娘だとしか思っていなかった。女だてらに訓練場に訪れ、よく分からない剣を用いて、見たこともない剣技を使う。
どうせ遊びに来ているだけだと考えていたが、日に日に身のこなしが良くなり、僅か一ヶ月で兵の数人を打ち負かしてしまった。
更に数ヶ月後には、エルモアの使者として、自分と模擬戦まで行う強さになった。
その真っ直ぐな性根、負けん気、努力するひたむきさ、国を豊かにする聡明さ。
それまでの女性に対しての認識がことごとく覆され、アデルは感動を覚えた。
極めつけは、七年の眠りからの目覚めという奇跡。
そんな驚嘆に値する少女が義妹になるのである。
それを考えると嬉しくて堪らなかった。
(それがようやく叶うという日に――!)
アデルはルシウスとノインを心の底から愛している。のみならず、他国の皇子である自分を将軍として受け入れてくれたノルギス王、いや、ガーランディア王国に対する恩義もある。
ゆえに、招かれざる客の到来に、誰より早く戸惑いを振り払い、大きな怒りを湧き起こしたのはアデルだった。誰一人として生かして返す気はないと駆ける足を早めた。
間もなく待機場所に到着したアデルは、五百騎の騎兵の前で颯爽と軍馬に飛び乗り、鞘から長剣を引き抜き天に掲げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます