ドルモアの恣意(2)

 

 

(待て! 殺すな!)


 外界の徒の声が頭に響き、ドルモアは魔法を放つのを止めた。


(あれに我を食わせよ)


(何だと? 何をする気だ?)


(主は気づいておろう。最早、我にはさして力が残っておらぬことを。だが、ギリアムに与えた分身とは比較にならん程の力はある。小出しにするのは得策ではなかろう)


 ドルモアは理解した。今が決戦に入る時なのだと。だが、その提案は受け入れなかった。追い詰められたことを自覚させられたことで、更なる怒りが燃え滾った。


 ドルモアはゲオルグに怒りの形相を向け、拘束の魔法を放った。ゲオルグは全身が巨大な手で握り締められたような圧迫感に襲われ、呻きを上げる。


「ゲオルグ、貴様はどれだけ失態を演じれば気が済むのだ? 醜態を晒して俺に頼ることで、兄には敵わぬと示しているつもりか? 可愛げがあると思われたいのか?」


「ち、違う!」


「違う? いつから俺にそんな生意気な口を利くようになった」


 ゲオルグは慄いた。勝手に口が開かれ、舌が伸びていく。見えない手で摘まれ引っ張られているような感覚に、一気に冷や汗が流れ出す。


「ひゃ、ひゃへ――」


「何だ? 赤子ではあるまい? いや、何度も失敗を繰り返すのだから赤子か。であれば、言葉を上手く話せずとも仕方がないことだな」


 ドルモアが話している間に、ゲオルグの舌がぶちぶちと引き裂かれるように千切れた。口から鮮血が溢れ、屋上の床にぼたぼたと落ちてゆく。

 ルリアナは、その惨状に目を見開いて声を失っていた。ここまで残虐なドルモアを目にしたことはない。止めることも、恐怖による戦慄きを抑えることもできなかった。


「愚弟よ。貴様にもう一度だけ機会をやろう」


 切れた舌が喉へと巻き込まれ、血が逆流したことで咳き込み続けるゲオルグに向かい、ドルモアは冷酷な笑みを浮かべて言った。


 その瞬間、ゲオルグの全身が黒い靄に包まれ、変異を始めた。漆黒の鎧はそのままに、短い黒髪が長い白髪へと変わり肌が赤黒く変色する。

 眼球は白と黒が逆転し、切れた舌が生え犬歯が大きな牙に成長する。


「ガッアアアアア!」


「ヒ、ヒィイイッ⁉」


 苦悶に絶叫するゲオルグを見て、ルリアナは悲鳴を上げて腰を抜かした。そこにドルモアが顔を向ける。目と口が三日月のようになっていた。


「ルリアナ、そういえば君もいたね。忘れていたよ」


「は、あ、あなた、な、何を……⁉」


「その顔も、もう見飽きた。最期に、もっと嫌がる顔を見せてくれ」


「い、いや、いやああああ!」


 ルリアナの体が黒い靄に包まれるのを見て、ドルモアは哄笑した。ゲオルグに対する怒りが紛れる程に、ルリアナの泣き叫ぶ姿は愉快だった。


(まさか分身を与えるとはな。愚策だと分かっておろう)


(そうでもない)


 ドルモアは大口を開けると、星の欠片を舌に載せて飲み込んだ。


(何をする⁉ 正気か⁉ 我と意識の奪い合いが起こるぞ!)


(心配するな。どちらが残ろうが目的は同じだ。意識など些事に過ぎん)


 ドルモアは一層濃い黒い靄に覆われながら、自らの変異を楽しむように笑い続けた。

 

 

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